第3話

文字数 684文字

 サラと最後に言葉を交わしたのは、十日ほど前のことだ。
 その時は挨拶のみだった。

 次に彼女に会ったのは、木曜日の昼時。

 クリフは共有エリアの床をモップで掃除し、テーブルや椅子を拭いて、ゴミを片付けている時だった。
 ふと顔を上げると、遠目にサラの姿を見つけた。

 彼女は窓際に立ち、こちらに背を向けて外を眺めているようだった。

 休憩中なのだとわかる。
 できれば聞いてみたいと思った。

 ――本当に、婚約者と別れてしまったのかと。

 けれどクリフも作業中であったし、周りに人も少なからず居た。
 もとより話しかける勇気だって無い。
 
 すると。

 想いが通じたのか、不意に振り向いたサラの顔がこちらを向いた。

 彼女はクリフに気づいた表情をしたかと思うと、歩いて近づいて来たのである。

 動悸がした。

 いつもそうだ。
 彼女がそばに来ると、高揚する。

 ただ、こちらも作業する手を止めるわけにはいかなくて――。

「クリフ!」と、溌剌とした声が耳を打つ。

 目の前に立ったサラは、変わらずに美しかった。思わず一瞬、その姿に見惚れる。
 彼女は片手にコーヒーのカップを持っていた。

 ……あれ?

 と、そこでクリフは違和感を感じる。

 噂によると彼女は詐欺師に騙されて、ひどく落ち込んでいるとのことだった。

 しかしこうして直に会ってみると、あまり落ち込んでいるようにも見えなかった。
 むしろ元気そうである。

 ――それとも彼女は、立ち直りが早いのだろうか?

 クリフは不思議に思ったが、もし彼女がとても憔悴していたらと不安だったので、そうではない様子をみてホッとした。

「ご苦労さま。今日はこのフロアも担当なのね」
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