第12話

文字数 1,068文字

「急で嫌だったよね」とサラが言う。

「今の彼は、誰?」とクリフは尋ねた。

 やけに親しげに話しかけてきたが、サラのオフィスの同僚あたりだろうか。

「――彼は、私を好きだと言ってくれている人」

 サラはテーブルを見つめながら答える。

「それって……新しい恋人、ってこと?」

 鼓動がドクドクと波打つのを感じる。

 ショックを受けたくなかった。
 しかし彼女が普段からモテるだろうということは、簡単に予想できていたはずだった。

「恋人じゃないけど。貴方と同じ感じだと思う」

 サラは逡巡するように首を傾げてみせた。

 話によると、彼は違うビルで働いているらしい。
 つまり……。

 つまり今の青年も、クリフと同じようにサラに偏った想いを寄せている、ということか。

 そこまで考えてから、急に恥ずかしくなった。

 結局サラは、こちらが片思いをしている事などお見通しなのだろう。

「…………」

 いたたまれなかった。
 でも、そうか。

 あんなにハンサムな男相手でもサラは靡かないのに、自分を好きになる可能性など、ますます無いに違いない。

「聞いてもいいかな。君は――婚約者と別れた事に対しては、もう立ち直ったのか?」

 少しだけ沈黙があった。

 サラはゆっくりと、

「今は、大丈夫よ。問題ないわ」

 今度はクリフの目を見ながら答える。

「……それなら良いんだけど。俺が今日、君を待っていた理由を言うよ」

 ディランのことを改めて彼女に話すのは、もちろん気が引けた。

 しかし言わなければいけないと思い、クリフはディランが普段いかに異様で、奇矯な行動をとる人間かを伝えた。

 彼は危険人物であるということ。

 冗談かもわからないが、サラに手を出すと発言したことも教えた。むやみに彼女を怖がらせたくはなかったのだが……。

 サラは黙って、クリフの話を聞いていた。

 その表情はさすがに複雑そうに見える。
 ――無理もない。

 男の自分ですら、ディランが近づいてくると肝が冷える思いがするのに。

 もっと身近な誰かに相談した方がいいかもしれない、と付け加えた。

 クリフも頑張ればディランを牽制することができるが、それだってサラの行動範囲すべてを見張ることは無理だからだ。

「君は強いけど……。心配なんだ。たとえお節介だとしても」

「いいえ、お節介じゃないわ。気にかけてくれてとても嬉しいし、心強いと思ってる――ずっと前から、そう感じているのよ」

 そう言われた刹那、舞い上がるような気持ちが込み上げた。

 顔が熱くなるどころではない。

 まさか、嬉しいと思ってもらえるなんて予想外だった。
 目の前で、サラが優しく微笑んでいる。
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