第8話

文字数 663文字

 対してサラは一瞬、困惑したように見えた。

 その表情に浮かんだ警戒めいた色を、クリフは見逃さなかった。

 ……ああ、やっぱり。
 顔見知り程度の男に突然こんなふうに言われたら、驚くよな。

 サラが明らかに引いたような態度に変わった。

「みんなが、私の婚約のことを噂しているの?」

 彼女は聞きにくそうに言ってくる。

「……その、私が恋人と別れて、精神がどうにかなっていると……?」

「うん。少なくとも俺の周りでは、そうなんだ。だから知ったよ」

 気の利いた言葉が出なかった。
 しかしサラ自身は、どうやら噂されていたことに気づいていなかったようだ。

 彼女は目の前で俯き加減になる。
 何かをじっと考えていたようだが、

「そう――そうなのね。私は噂を気にしないから、気がつかなかった。教えてくれてありがとう、クリフ。辛いけど、気に病まないようにするわ」

 そう言って、無理やりのような笑顔を浮かべる。

 クリフは胸が痛んだ。

 彼女を、さらに傷つけてしまったかもしれない。
 考えればわかることだ。皆んなが噂をしているなんて知って、気分が良いわけがないだろうに。

「サラごめん。俺は無神経かもしれない――」

「良いのよ。平気」

 サラは首を振った。それから腕時計をサッと見て、もう時間だから行くね、と言った。

「また今度」

 クリフは何も返せない。

 去っていく彼女の態度が、よそよそしいものに感じられた。
 ……なぜ、自分は早まった真似をしてしまったのかと唇を噛み締める。

 けれどディランのことが懸念されたし、今言わなければ、と思ってしまったのだ。

 総じて衝動的だった。
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