第2話

文字数 827文字


 サラを好きだと自覚したのがいつだったか、もうよく思い出せない。

 気づくと彼女のことを目で追うようになっていた。
 サラは同じビルで働いている、エンジニアの女性である。

 親しい仲はないが、クリフが作業中に行き合うと挨拶をしてくれるし、時々には軽い会話を投げかけてくれることもある。

 彼にはそれが嬉しかった。

 サラの仕事内容について、正直クリフはよく知らない。
 だが見かけるたびに忙しく動き回っているので、きっと有能なのだろうと思う。

 ただ、婚約者がいたことは前から知っていた。

 稀に見る富豪――幾つかの油田を所有して、投資家としても成功している、素晴らしく裕福な相手がいることは聞いていた。

 クリフは完全に片思いだった。

 そしてその想いは、サラがじきに結婚してしまえば自然と消滅するものだとも思っていた。

 一週間ほど前。

 突然、サラが婚約破棄されてしまったとの噂が立った。
 しかも相手は石油王などではなく、単なる詐欺師だったという。

 真実か嘘か。
 本人に聞いてみたいのに、勇気はなかった。

 もともとクリフは控えめで、他人とのコミュニケーションが苦手なタイプである。
 一介の清掃員である自分にまで流れてくる話なのだから、よっぽどかもしれなかった。



 クリフは常時、ダークブルーの制服を身に着けている。

 彼はいつも効率的に仕事をこなすため、動きやすさを重視した作業靴を履いていた。

 清掃の仕事は体力を使うし、何度も同じ場所を通りながら地道な作業を続ける。

 この仕事に関しては誇りがあった。
 
 内容は外から目に見えにくいものだが、彼はビルが輝き、人々が快適に過ごせるように貢献しているという自覚を持っていた。

 ――ごくたまに、よく知らない相手から理不尽な言葉や態度を仕掛けられることもあるが――もう、慣れた。

 それに、サラは一度もクリフに不快な思いをさせたことがない。

 彼女は個人の尊厳を大切にしてくれる。
 笑顔が美しくて、素晴らしい女性なのだと思っていた。
 

 

 
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