第13話

文字数 1,360文字

「さっきの彼……ジェイスだっけ。イケてる奴だったね」



 街明かりの中を歩いている。

 隣りを歩くサラの綺麗な髪が流れて、何度もクリフはそれに目を奪われていた。

 二人は映画館のレイトショーの帰りである。

 カフェで話はついたと思ったところで、このあと映画を一緒に見ようと提案してきたのは、なんと彼女の方だった。

 クリフは心躍る気持ち半分、もう半分は、冴えない自分が彼女と並んでいることが信じられずにいた――。

 歩きながら、先ほどのジェイスの容貌が脳裏にちらつく。

 彼こそステレオタイプでイメージするところの「石油王」みたいだったと思った。

 何だか洒落ていて、スマートで、高級クラブに出入りしていそうに見えた。
 きっとプライベートでも質の高い暮らしが似合うに違いない。
 
 それをサラに伝えると、彼女は楽しそうに笑った。

「彼が聞いたら喜ぶね。貴方に嫌われたと思っているだろうから」

 クリフは別に青年を褒めているわけでもなかったが、結果的にそうなってしまった。

 実質的に恋敵であるのに。

 ――夜も遅い時間。

 サラを駅まで送っていくまでの道のりは、会話は弾んでいるとは言えないが、満ち足りた時間だった。

 こんな場面を何度か夢想したことがある。

 映画じたいは楽しかった。

 サラがクリフ好みのアクション映画を選択してくれて、彼女自身も寛いでいるようだった。
 
 その他にも、彼は貯蓄をして小さな旅行をくり返すのが趣味だったから、今まで訪れた各地で見聞きした物事、珍しい自然景観などの思い出も、彼女に話して聞かせてみた。

 サラは興味深そうに聞いてくれた。

 嬉しかった。

 憧れの女性と短いながらもデートできて、充実した夜だと思った。

 けれど。

 最後に駅に着いたとき、いよいよ聞かずに別れるわけにはいかなかった。

「サラ。今夜はありがとう、楽しかったよ。君と過ごせて夢みたいだった。……でも、最後に教えてほしい。本当のこと」

 クリフはそこで言葉を区切り、不意に自分が泣きそうになっていることに気付く。

 とっさに視線を他に向ける。

 空ではちょうど雲のふちが金色に光って、今にも月が開けそうだった。

 クリフはサラに向き直る。

「俺は、もう知ってると思うけど……君のことが好きだよ」

 向かいでサラが真面目な顔になる。

「ただ君の気持ちも、たぶんわかってるんだ。さっきのジェイスという男。彼が元婚約者だったんだろう? そしてまだ君は、あいつのことが好きなんだ」

 言葉にするのは辛かった。
 だがサラの態度を後から思い返してみると、ほどなく理解した。

 彼女もあの青年のことが好きなのだ。
 なぜ両思いなのに婚約を解消したのかは、不明だったが――。

「…………」

 二人はお互いに、数秒だけ見つめ合った。
 そしてサラが悲しそうな表情になり、「ごめんなさい」と呟いてきた。

 血の気が引く思いがした。

 もちろん予期していた答えだったにしても、実際に聞くと胸が痛む。

「そう。私は彼のことが好きなの。だけど同じくらいに、クリフのことも好きだから」

「――そんな」

 詭弁だと思った。

 サラは自分を都合の良い存在として利用するために、わざと気を持たせる態度をとるのかもしれなかった。

 だとしてもクリフは、やっぱり彼女を愛していると思った。

「……それでもいいよ。俺の気持ちは変わらないから」
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