第10話

文字数 1,311文字

 その後ようやく各階の清掃が終わると、クリフは地下エリアの物品保管室から駐車場へと移動した。

 地下駐車場でゴミ箱の清掃や地面の洗浄を行っていると、またもやそこに、ディランが現れたのである。

 彼はいつの間にか、高所作業用の装備を身に着けていた。

 もう異常だと思った。
 明日、上司に報告してしまおう。

 彼は確実にクリフを付け狙っている――それも仕事中に構わずだ。
 
 もはや恐ろしかった。

 作業を続けながら、横目でディランの様子を窺う。気が気ではない。

 ディランは物陰からずっとこっちを見つめているようだった。
 そして唐突に、「泥棒!」と悲鳴に近い叫び声を上げた。

 驚いてそちらを見る。

 ディランは暗い地下の床に片膝をつき、何かを床から拾い上げていた。

「ダイヤモンドが落ちている! セキュリティオフィスに行くぞ! ついてきてくれ」

 彼は高らかに宣言した。
 まったく訳がわからなかった。

 それが果たして、クリフに対して言った言葉なのかどうかさえも……。

 ディランがバタバタと向こうに走り去って行くのが見える。

 唖然とした。

「……泥棒はお前なんじゃないか? ディラン」

 ふと、意図しない言葉が漏れ出る。

 隙を置かずに、クリフはサラのことが心配になった。
 ――ディランを、あんな危険な男を、今後は絶対に彼女に近づけるわけにはいかないと確信した。

 仕事を全て終えたクリフは、サラが帰るのを待つことにした。

 躊躇している場合ではない。

 さすがに不審に思われるだろうが、どうしてもディランのことを忠告しなくてはと決めたのだ。

 いくらも待たないうちに、サラが仕事を終えて階下へ降りてきた。
 一人だった。

 彼女が通勤に車を用いず、電車を利用していることは知っている。

 なので話しかけるのなら駅でも良かったのだが――少しでも早く伝えたかった。

「サラ」とクリフが話しかけると、彼女はやはり驚いた反応を見せた。が、避けるような態度はとらなかった。

「待ち伏せるような真似をして、ごめん。でも君にどうしても、忠告したい事が出来たんだ」

 簡潔に、同僚のディランという男について話をしたいのだと告げた。

「……わかったわ。それなら近くのカフェに行きましょう」

 サラは思いの外、あっさりと受け入れてくれた。クリフの思い詰めた様子を見ても、警戒したりはしない。

 二人がビルを出ると、十一月の空はすでに日が落ちていた。

 歩いて五分ほどの近場のカフェに入る。
 そこは落ち着いた雰囲気で、心地よさげだった。

 しかしクリフはカフェに入るのはとても久しぶりで、ましてや女性と二人でこのような場所に来ることじたい、彼には珍しいことだったので緊張した。

 一緒に席について、サラはすぐに注文を決める。
 クリフが真剣にメニューをじっと見つめていると、すぐ隣に何か気配を感じた。

 ……?

 ふと顔を上げると。
 そこに、スタッフではない見知らぬ男が立っていた。
 クリフは驚いて仰け反る。

 なぜなら本当に、テーブルのすぐ横に立っていたからだ。――いつの間に?

 背の高い、派手な顔立ちの青年がそこに居た。

「やあ」と青年は陽気な声でこちらに挨拶してくる。
 ハンサムだが、まったく見知らぬ顔。


 


 
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