【シュロスの異邦人ー2】①

文字数 3,535文字

 バロンギア帝国シュロスの城砦では・・・フェルが「エルダ」という名前の女性を探していると言ったここで状況が一変していた。

 フェルは取り調べに当たったミユウに連れられて牢獄の外に出された。「エルダという名前を手掛かりに女性を探しに来た」と言ったところ、シュロスの城砦の幹部に会うことになったのだ。
 兵舎に入り、廊下で立ち止まった。ミユウが重厚そうな扉を開けて一人で部屋に入った。
 待っている間、窓の外を眺めた。兵舎はコの字の形になっており、フェルがいるのは中央の部分だった。木造二階建ての兵舎は一階の壁だけがレンガ造りになっている。建物に挟まれて広場があった。荷車が止まり、二人がかりで木箱を次々に降ろして兵舎の中に運び入れているのが見えた。人夫の格好はフリューゲルスの絵画に出てくるような服である。ゆったりとしたチュニック、ズボンは短く、膝から下はゲートルを巻いている。指示を出している親方らしい男は長めのコートも着ていた。荷運びの親方はハリウッド映画から飛び出してきたように見えた。
 とうとう来てしまった。ここは1400年代半ばのドイツ、正しく言えば神聖ローマ帝国の世界だ。決して映画のセットではない。
 遠くに目をやると高い塔が立っていた。この城砦の中心施設、キープ塔だろう。
「あれは・・・」
 どことなく見覚えがあった。あの発掘場所で見たキープ塔に似ている。遺跡となる前の建物を見ているのかと思うと不思議な気持ちになった。スマートフォンで写真を撮ろうとして思いとどまった。フェルの背後では取調べに同席したササラが見張っている。見慣れぬ機械を取り出したら、それこそスパイと疑われ監獄に逆戻りだ。もっとも、この時代の人にはスマートフォンが何だか分からないだろうが。スマホは手元にあったが、背負ってきたはずのリュックサックがなかった。パソコンやソーラー発電装置は無事だろうか。取り調べの最中、荷物が見当たらないことは話してあった。
 ほどなくミユウが現れて中に入るように言った。
 通されたのはフェルの研究室と同じくらいの部屋だった。最初に目に飛び込んできたのは壁に掛かった鹿のツノの剥製だった。その隣には盾や槍などの武器も掛かっていている。床は板敷きで、テーブルも椅子も古びて年代物だ。天井のシャンデリアはローソクを使う様式になっているようだ。
 窓際に、到着した日にフェルを取り調べた部隊長のナンリがいた。
「フェル、さっきの話をもう一度してください。そう、ここに、ある人を探しに来たというところからでいいわ」
 フェルはミユウに促されて、CZ46が自分の身体を取り戻すためにエルダという女性を探したいというので、ワープして来たことを話した。
「どう思いますか、部隊長殿」
「エルダさんか・・・不思議な巡り合わせだ」
 それからナンリがカッセル守備隊との戦い、とくに司令官エルダに関することを話した。

 三か月ほど前のことだった。
 シュロスの城砦を守る月光軍団は、隣国のルーラント公国のカッセル守備隊と一戦を交えた。戦闘は月光軍団が優勢で、カッセル守備隊を追い詰めたのだが最後には逆襲されて敗北した。守備隊を指揮していたのがエルダだった。ナンリは戦闘中にエルダの左足の内部が「からくり時計」のように歯車仕掛けになっているのを目撃した。
 後日、再び戦場で相まみえることになったのだが・・・
 そこで、エルダは命を落としたのだった。その経緯はやや複雑で、バロンギア帝国の同胞であるローズ騎士団が、ルーラント公国カッセル守備隊の司令官エルダを殺害したのだった。これだけなら、戦争で敵国の将校を倒したことになるのだが、話はそう簡単ではなかった。
「私たちは騎士団とは対立していて、むしろカッセル守備隊と協力関係にあったのです。敵国なのに変だと思うでしょうね」
 フェルは軽く頷いた。戦争で敵と和睦したり、その反対に味方が寝返るのはよくある話だ。
「エルダさんは戦いの最中、私の上官を庇って負傷し騎士団に殺されたのです。そして、その身体の一部がからくり時計みたいだったことが判明したのでした」
 そこで、ミユウが話を引き継いだ。
「身体の一部というのは右手と左足でした」
 右手と左足、それはCZ46の身体から失われた部分と一致している。
「左足には「蓋」が取り付けられていて、その中には歯車や細い金属質のヒモが出ていました」
 歯車や金属のヒモと聞いてフェルは間違いないと確信した。ヒモとはコードのことであろう。
「そうですか・・・エルダさんは亡くなっていたんですね」

 フェルたちはワープに成功したものの、CZ46の部品を移植されたエルダという女性はすでに死んでいたのだった。ここへ来るのが遅かった。

「あの時・・・私は、エルダさんのすぐ傍にいたんです。こんなことなら、助けるべきだった、もっと必死でエルダさんを・・・」
「ミユウちゃん、自分を責めてはいけない。あの状況で、エルダさんを助けていたなら、その場にいた多くの人が殺し合わなければならなかったと思う。それも、無益な殺し合いをしただろう」
 ナンリは落ち着いた静かな口調で語った。
「あれは戦いでも何でもなかった・・・殺人だ」
 フェルにはその戦いの経緯や構図が詳しくは分からないが、敵味方が入り乱れるという、込み入った事情があったのだろう。この時代は現代と違って戦いの繰り返しだった。この人たちはその修羅場を生き抜いているのだ。
 戦火に散ったエルダさんが憐れでならない。
「副隊長のフィデスに会ってください。亡くなったエルダさんと親しくしていました・・・お探しの右手を大切に持っているんです」

 フィデスは布くるんだ包みを大事そうに机の上に置いた。フィデスが布を広げると右手が現れた。手首のやや下の部分から指先までだった。
「事情はナンリから聞きました。どうぞ、ご覧ください、フェルナンドさん」
 感情が抑えられずフィデスの声が震えていた。
 フェルは手を合わせて軽く頭を下げた。フェルにとっては研究材料の資料に過ぎないが、フィデスにとっては大切な人の形見だ。おいそれと手を触れてはいけない神聖な物なのだ。
 身体に繋がっていた手首の付け根部分からは細いコードが出ている。おそらく動力装置があったのだろう、小さなコンデンサーも取り付けられていた。一見したところでは、フェルの時代にはもう使われなくなっている旧式の物のようである。取れかかった人差し指の中を覗くと、そこは空洞だった。指先を動かすためにはコイルやバネが必要だが、幾つかの部品は取れてしまっていた。それが、何かの拍子にレンガに食い込んだのだろうか。
「フェルが見たのもこういう物だったの?」
「ええ、僕が調べているレンガに挟まっていた物とよく似ています」

 フェルは再び一礼して、それから元のようにエルダの右手を布にくるんだ。
 ワープが始まったとき地下の底から金槌の音を聞こえてきて、かつて観劇した『ラインの黄金』を思い出した。オペラの中で神々が指環を奪い取ることに重ね合わせ、CZ46の部品を取り戻す、奪い取ることに加担させられるのではないかと思った。だが、実際にこの右手を見たら、とても神聖なものに見えた。これをCZ46に奪われないよう守ってあげたいという気持ちが湧いてきたのだった。
「もう少し早ければ・・・残念でした」
 フェルはさらに思いを巡らせた。数百年の時間を経て、この部品か、あるいは失われた部品がフェルの調べているレンガに食い込んだのだ。それには何かの理由、たとえば、激しい爆発などがあったと思われる。それはつまり、この手首や指が保管されていた建物が攻撃を受けたことを意味する。
 決めつけるのは早いかもしれないが、もしかしたら、シュロスの城砦は落城するのだ。この右手を守ってあげたい、そしてミユウたちも・・・

 ミユウはなぜか胸が熱くなった。
 あらかじめ、失礼がないようにと言っておいたのでフェルは大事そうにエルダの手首を見てくれた。もし、ひょいと摘まんだりしたら、フィデスはさぞや気を悪くしただろう。そんなことにならなくて良かったとミユウは安堵した。
 そして、フェルという男性に好意を抱いた。

「これも、何かの巡り合わせですね。フェルナンドさん、あなたがこの時代、このシュロスの城砦に来たのは偶然ではないでしょう。それが・・・運命だったのです」
 フィデスは深くため息をついた。エルダと巡り合ったのも、愛し合ったのも運命だった。エルダが命を失ったのも運命としか言いようがない。
 そして、500年先の未来から来たというこの男性が、シュロスにたどり着いたのも何かの定めだったのだろう。
『助けて』と指が、エルダが叫んだ。
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