【シュロスの異邦人ー1】①

文字数 2,487文字

 ササラはバロンギア帝国東部州都の図書館員である。
 士官学校を卒業して配属になったのが州都の図書館の図書係だった。今回はシュロスの城砦に赴き、州都から運んできた本の整理を担当することになった。本来はもっと早く来る予定だったが、月光軍団の敗戦とローズ騎士団による混乱で今日まで延期されていたのだ。
 王宮から州都、辺境の城砦へと来るにつれ読まれる本も変わってくる。辺境の城砦では恋愛物、冒険譚が人気があり、その次が軍略書というところだ。もっとも辺境には字が読めるのは士官クラスぐらいしかいないので、本の需要もたくさんあるとは言えず、シュロスの図書室の本の半分は埃を被っていた。これから数日、かなり大規模な入れ替えをおこなうことになりそうである。軍略書、歴史書、地図、それに数学や占いなど、最新の知識を扱った本を持ってきた。ササラの好きな物語や小説などもぎっしり積んできた。
 本を運ぶのにはワインの樽に入れて運搬するのが常である。シュロスへ持ってくる本の量が増えすぎてササラは馬車の中でワインの樽に押しつぶされそうになった。

 シュロスの城砦の図書室は兵舎の二階にあった。壁際には天井に届く高さまで本棚が設えてある。他の部屋に比べて窓は大きく、外光がたっぷり入るようになっていた。
 新しい本は少ないが、その代わりに、ササラが見たこともない珍しい本がたくさん所蔵されていた。一冊の背表紙の埃を払って驚いた。
「これ、『行列のできる戦場』だわ。まさか、こんなところでお目に掛かれるとは、しかも、まだ新品みたいにきれいだし。それに、こっちは『ツンデレ王女の泥沼恋愛ガイド』じゃない。発禁処分を受けて全て焼かれたと思っていたのに」
 装丁はベラムかそれともピッグスキンだろうか、しっとりと手に馴染む感覚がたまらない。こうやって一日中、本の表紙を撫でていたいくらいだ。書棚には装丁前の印刷されただけの紙の束が置かれていた。最近では辺境の町の書店にも装丁した本が並べられているが、しばらく前までは書物は紙の束で売買されていた。購入者が好みの装丁をしていたのである。

 ワインの樽から本を取り出し、本の整理に没頭しているとドアがノックされた。入ってきたのは州都軍務部の先輩ミユウだった。
「ササラちゃん、久しぶり」
「ミユウ先輩」
 二人は窓際の椅子に腰かけた。ミユウはササラの二年先輩になる。ミユウは士官学校を卒業後、調査を専門にする部署に配属された。半年くらい前から周辺の国々に偵察の旅に出ていたので会うのはそれ以来だ。
「教練が終わってすぐにでも来たかったんだけど、イモの皮むきやってた」
「皮むきも仕事なんですか」
「この間の戦争で人手が足りなくなったので、何でもやらないといけないのよ」
 東部州都軍務部の上官であるスミレは、二度の戦いで疲弊したシュロス月光軍団の立て直し役をミユウに命じた。その任務はシュロスの城砦に駐在して隊員を指導し、武器を整え、近隣の城砦の情勢を探ることだった。とはいえ、シュロスの城砦には副隊長のリサ、ユウコが健在だった。部隊長のナンリもいる。みな階級は上だし、これまでの実績もある。月光軍団の再建はリサやユウコが中心になるのは言うまでもない。というわけで、ミユウは何でもする雑用係になってしまった。
「元気そうで何よりです。スミレさんもこれで安心でしょう。州都から送った変装用の衣装、届いてますよね、」
「それが、忙しくてまだ一度も着てないのよ」
 スミレはシュロスに留まったミユウのために、セーラー服やカボチャの衣装を送ってくれたのだが、雑用に追われて着る機会がないのだった。
「シワになるから、たまには吊るして干したいんだけど・・・一度帰りたいなあ」
「たぶん無理です。ミユウちゃんの使ってたところ、荷物片づけて私が寝てますから」
「うそ」
 上官のスミレは、ミユウはしばらく帰ってこないから荷物を倉庫に押し込み、空いたスペースをササラや新しく採用した隊員に分け与えたとのことだ。もともと州都にいた時も兵舎の一室に十人ほどで同居しており、みんなで雑魚寝だった。それでも、自分の荷物を置くスペースはしっかり確保していたのだが、それも取り上げられてしまったようだ。衣装を送ったのも部下を思いやるココロというよりは、単なる大掃除だったのである。
「州都の軍務部ではミユウちゃんがシュロスに配置転換になったと思っているわけです。私も今日それを実感できました」
「配置転換とは、そんなこと聞いてないですよ。ヤバいわ。マジでヤバイ」
「シュロスで頑張ってください。期待されているんですから」
「任務なので仕方がないか・・・」
「ひょっとして、恋人でもできたんですか、なんとなく幸せオーラが漂ってますよ」
「絶望オーラだよ。忙しくて恋人なんかできません。恋人ができたら、ますます帰れなくなっちゃう」

「それでしたら、この本なんかいかかですか」
 ササラはワインの樽から一冊の本を取り出した。
「『たった一時間で恋人が見つかる呪文』です。なんか効き目がありそうなタイトルでしょう。王都でベストセラーなんですよ、ミユウちゃんにおススメ」
「王都の人はこんな本を読んでるの!」
「じゃあ、こっちはどうですか。『王女様は絶体絶命』というタイトルです。王女様がお忍びで町に出かけて行ったらイケメン騎士に見初められて、そこまではよかったのですが、意地悪なライバル王女から嫉妬されて、辺境に追放になっちゃうというお話なんです」
「辺境の王女様・・・それ、どこかで聞いたことがあるかも」
 ミユウは先日の戦いでカッセル守備隊にルーラント公国の第七王女が加わっていたことを思い出した。
「好評なので、もうすぐ第二巻が出版されるんです・・・では問題です。続巻の題名は何でしょう」
「あの王女だから・・・『ギロチン好きの王女様』でしょう」
「ミユウちゃん、惜しい。でも、いい線いってる。正解は『処刑台のニセ王女』でした」
「『処刑台のニセ王女』! 」
 ミユウはこの時、本当にルーラント公国の第七王女が処刑台に縛り付けられることになろうとは思ってもみなかった。
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