【シュロスの異邦人ー3】④

文字数 2,546文字

 フェルは丸い円を三つ描いた。
「地球や月は動いているので、太陽と地球の真ん中に月が来ることがあります。そうなるとどうなるでしょう」
「ううん・・・分からない」
 そこでフェルは離れたところにミユウとササラに立ってもらい、自分は二人の真ん中に立った。
「ミユウちゃん、そこからササラちゃんが見えますか」
「そうね、フェルに隠れて見えない」
「ミユウちゃんが地球、僕が月、ササラちゃんが太陽だとすると・・・」
「なるほど、太陽が月の後ろに隠れるんだ」
「太陽が見えなくなったら昼間でも真っ暗だわ」
「そうです。これは日食という現象です。でも、大丈夫、太陽が隠れるのは数分だけで、すぐに明るくなります」
「日食ですね。また一つ勉強になった」
「フェルはどうやって確かめたのですか。地球が動いているとか、球形をしているとか、鳥になって空から見たとでもいうわけ」
「それはですね・・・」
「塔の上から見たのではあっちもこっちも平らだわ」
 フェルはミユウに突っ込まれて思わず腕を組んで考え込んだ。現代でも飛行機の上から眺めたくらいでは水平線が丸みを帯びていることくらいしか分からない。フェルが地球の全体像を見たのは宇宙ステーションから送られてきた映像だった。
 それを見せてみようと思った。確か、パソコンに保存してあったはずだ。
 いよいよパソコンの登場だ。フェルはリュックサックからノートパソコンを取り出した。
「新兵器だわね」
「今度は随分大きい」
 パソコンを広げた。ワープしてからこれまでにも一度、起動することは確認してある。USBケーブルにソーラーパネルを取り付け電源を入れた。ミユウたちは、いったい何が始まるのかと不思議そうな顔をして覗き込んでいる。
「これはパソコンという機械です。私たちの時代ではなくてはならない物です。ただし、ここでは電気がなく、しかも通信ができないので、あまり役には立ちません。ちょっと見てみますね」
 スタートメニューを表示させた。エクスプローラーを起動させ、ピクチャーから入ってみる。ここからダウンロードして保存した画像を見ることは可能だ。研究用のフォルダには研究用に城砦の写真がたくさん保存してある。宇宙から見た地球の画像なども趣味のフォルダに保存してあったはずだ。
「あった、ありました」
 地球の画像の含まれるフォルダはすぐに見つかった。
「これです、これが宇宙から見た地球です」

 暗い宇宙を背景にして丸くて青い地球が浮かんでいる。海はブルー、大陸は緑色に、雲に覆われた部分は白く映っている。

「きれいでしょう、これこそが、あなたたちが、そして、みんなの住んでいる地球です・・・」
「これが・・・これが」
 ミユウは目を見開いて地球の映像を見つめた。ササラも寄り添うようにじっと見ている。
 初めて見る地球の姿に驚いた・・・
 なんときれいなのだろう。
 自分たちが住んでいる城砦の外は農地や牧場が広がっている。その先は荒涼とした大地、そして山が連なっている。辺境の荒地は茶色の世界でしかない・・・
 それなのに、フェルに見せられた、暗い空に浮いているブルーの地球。自分たちが住んでいるこの地球という星は何と美しいのだろうか。
「ああ、ああん、あはあああ」
 ミユウは突然、訳もなく涙が溢れてきた。
 世界はこんなにも美しい・・・
 ササラも同じ気ちになった。
 二人は抱き合って泣いた。

 ミユウは空を見上げた。大地を、山々を見下ろした。いつもと同じ風景なのだがミユウには昨日までとはまったく違って見えた。
 フェルに見せられた地球の姿には驚かされた。生まれてこの方、この世界は平らな地面がどこまでも続いているのだと思っていた。ところが、地球というこの世界は球形をしているのだそうだ。空に煌めく星々もまた球形だとか。しかも、空の上の宇宙という暗い空間に、自分たちの暮らす地球は太陽の光を浴びて眩いほどに青白く輝いていた。
 私はこんな美しい世界に住んでいるのだ。初めて見るその映像に息を吞み、驚き、そして感動のあまり泣いてしまった。
 だがしかし、現実に見えるこの光景はどうなっているのだろう。果てしなく広がる大地は灰色がかった茶色だし、山は黒々として見える。どこもかしこも青くはないし、あんなに綺麗でもない。シュロスの城壁の壁も遠くから眺めると一様に同じ色に見えるのだが、近くに寄ると汚れていたり、穴が開いていたりしている。それと同じことなのか・・・
 それにしても、物事の進歩とはいかに凄いものかをあらためて思い知らされた。
 500年ほど後にはパソコンという機材で美しい映像が見られるのだ。人々は地球が丸くて青いことを知っている。そればかりではない、空や星であるとか、青い海とか・・・もっといろいろなこと、人間の身体の構造とか、世の中の仕組みとか、それこそたくさんのことを知ることができるようになるのだ。スマートフォン、パソコンといった不可思議な道具、どんな仕組みになっているかは分からないが、何と凄い装置なのだろう。
 そこで現実に目を転じた。
 ミユウはパソコンという道具は戦争になったら役に立つのではないかと思った。小銃や大砲のように直接、敵を倒す武器ではないけれど、ミユウが得意とする偵察とか戦闘の情勢分析に使えるだろう。フェルをシュロスに留め、味方につけておくべきだ。ナンリさんにそう報告しなければならない。
 フェルがシュロス周辺の地図を見たいと言ったので、特別に見せてあげた。本当は戦略上の秘密なので、むやみに公開してはいけないのだった。ところが、フェルも自分が持ってきた地図を見せてくれて、それがあまりにも精巧に作られていたのにびっくりしてしまった。その地図は軍事用でも研究用でもなく旅行者のためのものということだった。さっそくササラが書き写すことにした。二つの図を照合して戦いに利用するためだ。 
 フェルは「日食」という現象についても教えてくれた。太陽が月に隠れて見えなくなるということだった。
 しかも、パソコンを操作していたフェルが、
「天体と暦の資料によると、この周辺で間もなく日食が見られます。皆既日食ですね」
 と言った。
「カイキ?」
「皆既日食。太陽が完全に消えて、日中でも夜のように真っ暗になります」

 次巻へ続く
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