【ジェインと王女】③

文字数 3,606文字

「いました、あの女です」
 ジェインとレモンは隠れていた部屋から引きずり出された。
「城砦への不法侵入で逮捕します。監獄に連れていきなさい」
 マルシアスが部下のスザンヌに命じた。
「待って、その人はここがどこだか分からないって言ってたわ。きっと、旅をしていてうっかり入り込んでしまったのよ、不法侵入ではありません」
「自分のいる所が分からないなんて、犯罪者の言うことを真に受けてはいけません。私はこの女に投げ飛ばされたんです」
「それは、あなたが弱いから。いい気分だわ」
 王女様が司令官のマルシアスに舌を出した。
「そんなことを言うのでしたら、王女様、あなたも牢獄で暮らしてもらいますよ」
 司令官に捕まり監獄に連れていかれそうになってきた。しかも、このままでは王女様までもが監獄に入れられそうな気配ではないか。マリーアントワネットみたいに、最後はギロチンが待っていることだろう。ジェインは匿ってくれたお礼に王女様を助けようと思った。
「ちょっと、あんた、司令官だか何だか知らないけど、王女様に向かってそんな口の利き方はないんじゃない。そもそも、あんたは家来なんでしょう」
 元ヤンキー魂で司令官に突っかかる。
「何を言い出すかと思ったら、王女を庇うとはね。それならホントのことを教えてあげましょう」
 マルシアスはマリア王女様に指を突き出した。
「これは王女ではない、ニセ王女よ」
「えー、ニセ者だったの」
「宮廷の皇位継承権争いに負けて、この辺境に追放になった、王女失格、ダメ王女。言ってみればニセ王女というわけ」
 メイドが王女だったまでは良かったが、実はニセ王女だった。こんなストーリーはゲームの世界でも聞いたことがない。とんでもないリア充だ。
「あんた、奴隷になれとか言われなかった?」
「言われた。王女様なら、それも仕方ないかなと思った」
「王女様、この女を奴隷にして、どうしようというのですか。ダメ王女のことですから、自分は楽をしてメイドの仕事をサボろうとしたのでしょう」
「いえ、そんな・・・・この人を王宮へ連れて行けば高く売れそうだなと思っただけです」
「高く売る!」
「仕送りが止まったので、生活費の足しにするつもりでした」
 マリア王女様、いや、ダメ王女は助けてくれたのではなかった。奴隷として売るのが目的だったとは・・・ジェインは危うく人身売買されるところだった。
「ほら、聞いたでしょう。不法侵入者は監獄か、さもなければ奴隷として売りに出されるか、二つに一つですよ」
 監獄かはたまた奴隷か、ジェインはどちらかを選ばなくてはならなくなってしまった。留置場ならヤンキー時代に経験済みなので、どちらかというと監獄の方が親しみがある。
「じゃあ、行きますよ、留置場。ヤバいって、もう、行けばいいんでしょ」
 ジェインキはヤンキー座りでふてくされた。

 ジェインが連れて行かれた監獄、そこは文字通りの「ブタ箱」だった。
 階段を下った先の薄暗い部屋。床は地面が剥き出しで壁からは水が垂れている。隅の方に板が敷かれていた、もしかして、これがベッドなのだろうか。ボロい部屋だが、鉄格子だけは頑丈そうでしっかりしていた。
「ひっ」
 天井から垂れた水が首筋に当たり、白いシャツに茶色の染みが付いた。
「ジェインさんでしたね。私の質問に正直に答えてください」
 取調べに当たったのは副隊長のカエデだった。司令官に比べれば優しい感じで言葉遣いも丁寧だ。だが、その後ろには例の悪い司令官と、もう一人、いかにも強そうな女兵士が腕組みをして立っていた。
「あなたはどこから来たのですか」
「だからさあ、言ったでしょう。ずっと遠くの未来からです。500年ばかり先の未来から来たんです」
「未来? どういうことでしょう。残念ですが、何を言っているのか分かりません」
「分かってください・・・といっても無理か。じゃあ、フェルを呼んで、彼ならきちんと説明してくれます」
「フェル・・・あなたには仲間がいるんですね」
「研究者です、石とかレンガの調査が得意な人です・・・ここ、どこかのお城ですよね、ええと、ナントカ国のカッセルでしたっけ」
「そう、ルーラント公国、カッセルの城砦です」
「私、ホントはバロムナントカっていうところへ行くはずだったんです」
「バロムとか何だとか、この女の言ってることは全部いい加減です。取り調べなんかいくらやってもムダ。ここで一晩頭を冷やして、それでもダメなら、拷問でもしてやればいいんです」
 マルシアスは尋問を終わらせようとした。この女には投げ飛ばされた恨みがある。今夜はこの地下牢から出さない、もちろん食事は抜きだ。
「朝は冷えるわよ、ここは地下牢だから」
「こんなところで寝るんですか。見てよ、下は地面じゃない。寝られるわけないでしょ。服が汚れるわ。布団だってないし」
「当たり前、監獄なんだから。白状するまで食事はおわずけ」
「お腹空いた、コンビニ行きたい」
「コンビニ、何それ」
 司令官に睨まれた。
「それじゃあ、ゆっくり休みなさい」
 マルシアスーは係わり合いになりたくないとばかりに帰って行こうとする。
「待って、行かないでっ・・・ちょっと、電気のスイッチはどこ、真っ暗じゃん」
 ジェインの必死の訴えも聞き入れられることはなく、カエデも含めて全員が帰ってしまった。ジェインは一人、暗くて汚い牢屋に閉じ込められた。
「ブタ箱だってもうちょっとはマシだよ。看守、待遇改善しろ」
 鉄格子を掴んで揺すったがビクともしない。そこで、ようやく、ことの重大さに気付いた。
「どこに行ったのよ・・・フェル」
 たった一人、生きて明日の朝を迎えられるだろうか。

 しばらくすると鉄格子が開き、取り調べに同席していた女兵士が戻ってきた。手にはロープを握っている。
 女兵士はベルネと名乗った。
「ジェインちゃん、ここから出してあげる」
 ベルネはロープでジェインの手を縛り、もう一方を自分の手にかけた。出してくれるとは言うのだが、これでは却って不安である。ベルネに引っ張られてジェインは牢を出た。連れて行かれたのは建物の中庭だった。新鮮な空気を吸って生き返ったような気がした。
「ベルネさん、助けてくれてありがとう。あんなとこで寝るのかと思ってゾッとしたわ」
「言っておくけど、助けたわけじゃないからね」
「ここで取調べですか」
「あたしは取調べよりも、首を絞める方が得意なの」
 ベルネが縄に力を込めた。
「あんた、きれいだね。色が白いし、化粧してるんだ」
「いえ、まあ、それほどでも・・・」
「美人なのに強い。司令官を投げ飛ばしたのは見事だったよ。あたし強い奴が好きなんだ」
「気に入ってもらえて、ありがとう」
「強い奴を見ると戦いたくなる。そいつが美人だったら余計に闘志が高まる。あたしより美人で強い奴は生かしちゃおけない」
 ベルネが牢屋から出したのは戦うのが目的だったようだ。
「私よりベルネさんの方がダンゼン美人です」
「うれしい・・・それじゃあ、あたしには本当のことを言ってよ」
「話した後で殺されるんじゃないですか」
「ここに来るヤツはたいていヤバいことして逃げてきたんだ。ジェインちゃん、あんたもワケアリだよね」
 ジェインは強引に引き寄せられた。ベルネは首筋に鼻をくっつけてクンクン匂いを嗅いでいる。今にも舐められそうなくらいに接近した。
「ああ・・・いい匂い」
「あひっ、ああん、ダメ・・・」
「こんな美人を監獄に入れたら、かわいそうじゃん。今夜はどこかに隠してあげるわ」
「監獄でなければ、どこでもいいです。でも、私がいないと司令官が騒ぎだすのではないですか」
「代わりに城砦監督のロッティーでもぶち込んでおくわ」
「監督さん? 偉い人じゃないんですか」
「いいのよ、あいつは以前、土牢に閉じ込めてやったことがある」
 確かにここはワケアリが集まるところらしい。
 ベルネが間近に寄ってきて、ジェインの二の腕や肩を撫でた
「・・・いやん、もう」
「こんなきれいな肌なんて見たことない。白くてスベスベしちゃって」
 ベルネがジェインのブラジャーに関心をみせた。
「この、胸を覆っているヤツはなんなの」
 初めて見るかのように興味津々だ。
「これはブラジャーって言うの。おっぱいの形を良く見せるためよ」
 ベルネが両手で胸の辺りを隠した。
「おっぱいは・・・あんたの勝ちだ、悔しい」
 その仕草を見て、ジェインはホロリとしてしまった。レースクイーンの仲間同士でも更衣室で、どっちが胸があるとかないとか、しょっちゅうふざけ合っていた。それを思い出してしまったのだ。
「ごめん、気に障った?」
「違うの、違うって、ベルネさん、私・・・助けて」
 ジェインはベルネの胸に取りすがって泣いた。
 ここはワープするはずだったバロムナントカではなくカッセルという場所である。
 とにかくフェルを探し出そう。
 それには・・・味方をしてくれそうなベルネや王女様の力を借りるしかない。
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