【ジェインと王女】①
文字数 2,916文字
そのころ、フェルと一緒にワープしたジェインはというと・・・
ジェインは呆然としたまましゃがみ込んでいた。
暗い室内、目を開けて焦点を合わせるのにしばらく時間がかかった。椅子やテーブルがいくつも並んでいるのが見えた。どれも何となく古びている感じがする。ジェインがいる床、それに左右の壁はレンガで造られている。部屋の一角には木の樽が積まれ、無造作に置かれたカゴには土の付いたイモやニンジンが投げ込まれていた。
どこだろう・・・
城砦の発掘現場に着き、そこから過去にワープする入り口を探していた。ジェインが足元の石を取り上げたとたん、黒い煙が立ちのぼり大きな穴ができた。穴の中へと続く階段を下っていくと、煙が湧いてきたので怖くなってフェルにしがみついた。
そこへ何かがぶつかってきた・・・覚えているのはそこまでだ。
気が付いたらここにいた。フェルはどこだろう、彼が側にいてくれないのは心細くなる。CZ46も見当たらないが、あのロボット女はいなくてもいい。足元にはキャリーバックがあり、肩にはリュックを背負っていた。ポケットからスマートフォンを取り出して電源を入れたが、「圏外」という表示がでた。そういえば、ワープした場所も見渡す限り遺跡だらけの郊外だったから、電波の届かない場所にいるのかもしれない。
ジェインはバックを引きずって部屋を出ようとした。
「すいませんねえ、食堂はまだ開いてないんですよ」
ドアのところでメイドと鉢合わせになった。
「あら、あんた見かけない顔ね、新しい司令官だっけ・・・」
「シレイカン!」
司令官のことだ、うっかり軍隊の基地に紛れ込んでしまったようだ。
「いえ、それはですね、ええと、ここ、どこでしたっけ」
「怪しい、怪しいわ、お前さん、泥棒じゃないのかい」
何だか変な場所に入り込んでしまったらしい。泥棒と間違われている。ジェインは素早くメイドの脇をすり抜け廊下を突っ切ると、開けっ放しの扉から外へ出た。
そこは広場だった。
男が数人いる。だぶだぶのコートを着て、ズボンを履いた腰のあたりをヒモで縛ってある。顔は薄汚れ、手には酒瓶を持っていた。昼間から屋台で酒を飲んでいるのだ。その向こうには馬車が停まっていた。荷台から荷物を下ろしている男は赤い上着と裾の締まったズボンを穿いている。アミューズメントパークで見た海賊船のショーに出てくるような格好だった。
「うわっ」
ヤギだ。ヤギと目が合ってしまった。
「なに、これ、なんなの」
今度はジェインの足元にニワトリが寄ってきて靴を突いた。あっちへ行ってと手で追い払う。まるで冒険映画のセットの中に入ってしまったかのようではないか。あるいはゲームのドラゴンクエストの世界だ。
どう見ても現代ではなかった。ワープしてしまったのだ。
「待て」「どっちに行ったの」「女よ、探して」
誰かを探しているのだろうか、怒鳴り声が聞こえた。
「いたわ、そこ、動くな」
二人の女が駆けてきた。探しているのがジェイン自身だと気づいた。
「見つけたわ、泥棒女」
ジェインを発見したのは司令官として着任したばかりのマルシアスだった。食堂に入ろうとした時、メイド長のエリオットが怪しい女が侵入したと言った。行きがかり上、部下のスザンヌと泥棒を追跡するハメになった。
「司令官の私に泥棒を追いかけさせるなんて、城砦の門番は警備が甘いんだから」
「こっちへ来なさい、警備員を呼びますよ」
ジェインは腕を掴まれた。
警備員、それは私のことよ・・・
ジェインは掴まれた腕を振り払った。警備員として犯人を取り押さえるのがジェインの仕事だ。それが捕まえられたのでは立場が逆である。何も悪いことをしていないのに逮捕されてはかなわない。警備員を忘れて元ヤンの血がメラメラと燃え上がった。
「何でこの私が逮捕されなきゃならないのよ。あんたたちこそ、そんなドラクエみたいな、兵隊の格好して」
「ドラクエ・・・何を言ってるの。逮捕するわ」
「やってやろうじゃん、捕まってたまるもんですか」
一対二で向かい合った。人数的には不利だが前にいる兵隊は構えがなっていない。警備員の仕事柄、格闘技の訓練をしているジェインから見ればスキだらけだった。ジェインは突っかかってきたスザンヌをいなすと、腕を取って後ろへ投げ飛ばした。それを見てマルシアスが飛びついてきたが、ジェインは身体を沈めて素早くかわした。目標を失ったマルシアスはジェインの背中の上を越えて地面に転がった。
「やったー。あんたなんかに捕まるわけないでしょ」
「よくもやってくれたわね、もう手加減しないわ」
マルシアスが腰の剣に手を掛けてスッと引き抜く。ジェインの胸元に鈍く光る剣先が向けられた。
「剣だ、ヤバい、マジになっちゃった」
ジェインはキャリーバックを引きずって走り出した。
「ごめんなさいでしたぁ」
メーメー、ココッコ、コケコー
とたんにヤギが暴れ出し、数羽のニワトリが飛び上がってマルシアスの行く手を遮った。
なかなかやるね、あの女。
ベルネは屋台のオヤジに金を投げた。
司令官のマルシアスが一人の女を捕まえようとしていた。追いかけられていたのは城砦では見かけたことのない女だった。どうやら無断で城砦に入り込んだとみえる。その女は白っぽいシャツに身体にピッタリした紺のズボンを穿いていた。こんな辺境の田舎にはふさわしくない都会風の洗練された服装だった。しかも、色白で美人だ。ローズ騎士団を思い起こさせる美人だった。州都か、あるいは王宮から来たのではないかと思った。司令官に捕まらなくて良かった。その女が二人を軽く投げ飛ばしたときには思わず拍手していた。
どこをどうやって走ったかは分からないが、ジェインは建物の陰に逃げ込んだ。
兵隊を投げ飛ばしたまでは良かったものの、逆ギレした相手は剣を抜いたのだ。ここは映画やゲームの世界ではなかった。フェルが言っていた500年だか、もっと前の世界にワープしたのだ。
見たところ田舎の寂れた町のようである。
ここが目的地の・・・
気が急いているのかフェルに教えてもらった地名が出てこない。目的地の場所の手掛かりすら失ってしまった。
たった一人で、この状況にどう対応すればいいのかだろう。
「あなた、誰ですか」
しまった、見つかった。
ジェインが顔を上げるとメイドが三人立っていた。紺の長袖のシャツに白のエプロンドレス姿だった。自分を追いかけてきた兵隊ではないのでホッとした。
「あわわ、助けてください。悪い人に追いかけられているんです、それも二人組」
「アンナ、見てきなさい」
アンナと呼ばれたメイドは建物の角から広場の方を見た。
「司令官です、マルシアスと部下のスザンヌですね」
「マルシアスは悪いヤツよ。この人を助けてあげましょう、アンナ」
「かしこまりました。レモン、あなたは鞄を持ってあげなさい」
ジェインは二人のメイドに挟まれるようにして建物の裏手に回り、小さなドアから中へ入った。廊下の突き当りで、アンナが階段に上がれと言った。あとからメイドがキャリーバックをガタガタと引っ張ってきた。
「こちらへ、どうぞ」
部屋に通されバタンとドアが閉まった。
ジェインは呆然としたまましゃがみ込んでいた。
暗い室内、目を開けて焦点を合わせるのにしばらく時間がかかった。椅子やテーブルがいくつも並んでいるのが見えた。どれも何となく古びている感じがする。ジェインがいる床、それに左右の壁はレンガで造られている。部屋の一角には木の樽が積まれ、無造作に置かれたカゴには土の付いたイモやニンジンが投げ込まれていた。
どこだろう・・・
城砦の発掘現場に着き、そこから過去にワープする入り口を探していた。ジェインが足元の石を取り上げたとたん、黒い煙が立ちのぼり大きな穴ができた。穴の中へと続く階段を下っていくと、煙が湧いてきたので怖くなってフェルにしがみついた。
そこへ何かがぶつかってきた・・・覚えているのはそこまでだ。
気が付いたらここにいた。フェルはどこだろう、彼が側にいてくれないのは心細くなる。CZ46も見当たらないが、あのロボット女はいなくてもいい。足元にはキャリーバックがあり、肩にはリュックを背負っていた。ポケットからスマートフォンを取り出して電源を入れたが、「圏外」という表示がでた。そういえば、ワープした場所も見渡す限り遺跡だらけの郊外だったから、電波の届かない場所にいるのかもしれない。
ジェインはバックを引きずって部屋を出ようとした。
「すいませんねえ、食堂はまだ開いてないんですよ」
ドアのところでメイドと鉢合わせになった。
「あら、あんた見かけない顔ね、新しい司令官だっけ・・・」
「シレイカン!」
司令官のことだ、うっかり軍隊の基地に紛れ込んでしまったようだ。
「いえ、それはですね、ええと、ここ、どこでしたっけ」
「怪しい、怪しいわ、お前さん、泥棒じゃないのかい」
何だか変な場所に入り込んでしまったらしい。泥棒と間違われている。ジェインは素早くメイドの脇をすり抜け廊下を突っ切ると、開けっ放しの扉から外へ出た。
そこは広場だった。
男が数人いる。だぶだぶのコートを着て、ズボンを履いた腰のあたりをヒモで縛ってある。顔は薄汚れ、手には酒瓶を持っていた。昼間から屋台で酒を飲んでいるのだ。その向こうには馬車が停まっていた。荷台から荷物を下ろしている男は赤い上着と裾の締まったズボンを穿いている。アミューズメントパークで見た海賊船のショーに出てくるような格好だった。
「うわっ」
ヤギだ。ヤギと目が合ってしまった。
「なに、これ、なんなの」
今度はジェインの足元にニワトリが寄ってきて靴を突いた。あっちへ行ってと手で追い払う。まるで冒険映画のセットの中に入ってしまったかのようではないか。あるいはゲームのドラゴンクエストの世界だ。
どう見ても現代ではなかった。ワープしてしまったのだ。
「待て」「どっちに行ったの」「女よ、探して」
誰かを探しているのだろうか、怒鳴り声が聞こえた。
「いたわ、そこ、動くな」
二人の女が駆けてきた。探しているのがジェイン自身だと気づいた。
「見つけたわ、泥棒女」
ジェインを発見したのは司令官として着任したばかりのマルシアスだった。食堂に入ろうとした時、メイド長のエリオットが怪しい女が侵入したと言った。行きがかり上、部下のスザンヌと泥棒を追跡するハメになった。
「司令官の私に泥棒を追いかけさせるなんて、城砦の門番は警備が甘いんだから」
「こっちへ来なさい、警備員を呼びますよ」
ジェインは腕を掴まれた。
警備員、それは私のことよ・・・
ジェインは掴まれた腕を振り払った。警備員として犯人を取り押さえるのがジェインの仕事だ。それが捕まえられたのでは立場が逆である。何も悪いことをしていないのに逮捕されてはかなわない。警備員を忘れて元ヤンの血がメラメラと燃え上がった。
「何でこの私が逮捕されなきゃならないのよ。あんたたちこそ、そんなドラクエみたいな、兵隊の格好して」
「ドラクエ・・・何を言ってるの。逮捕するわ」
「やってやろうじゃん、捕まってたまるもんですか」
一対二で向かい合った。人数的には不利だが前にいる兵隊は構えがなっていない。警備員の仕事柄、格闘技の訓練をしているジェインから見ればスキだらけだった。ジェインは突っかかってきたスザンヌをいなすと、腕を取って後ろへ投げ飛ばした。それを見てマルシアスが飛びついてきたが、ジェインは身体を沈めて素早くかわした。目標を失ったマルシアスはジェインの背中の上を越えて地面に転がった。
「やったー。あんたなんかに捕まるわけないでしょ」
「よくもやってくれたわね、もう手加減しないわ」
マルシアスが腰の剣に手を掛けてスッと引き抜く。ジェインの胸元に鈍く光る剣先が向けられた。
「剣だ、ヤバい、マジになっちゃった」
ジェインはキャリーバックを引きずって走り出した。
「ごめんなさいでしたぁ」
メーメー、ココッコ、コケコー
とたんにヤギが暴れ出し、数羽のニワトリが飛び上がってマルシアスの行く手を遮った。
なかなかやるね、あの女。
ベルネは屋台のオヤジに金を投げた。
司令官のマルシアスが一人の女を捕まえようとしていた。追いかけられていたのは城砦では見かけたことのない女だった。どうやら無断で城砦に入り込んだとみえる。その女は白っぽいシャツに身体にピッタリした紺のズボンを穿いていた。こんな辺境の田舎にはふさわしくない都会風の洗練された服装だった。しかも、色白で美人だ。ローズ騎士団を思い起こさせる美人だった。州都か、あるいは王宮から来たのではないかと思った。司令官に捕まらなくて良かった。その女が二人を軽く投げ飛ばしたときには思わず拍手していた。
どこをどうやって走ったかは分からないが、ジェインは建物の陰に逃げ込んだ。
兵隊を投げ飛ばしたまでは良かったものの、逆ギレした相手は剣を抜いたのだ。ここは映画やゲームの世界ではなかった。フェルが言っていた500年だか、もっと前の世界にワープしたのだ。
見たところ田舎の寂れた町のようである。
ここが目的地の・・・
気が急いているのかフェルに教えてもらった地名が出てこない。目的地の場所の手掛かりすら失ってしまった。
たった一人で、この状況にどう対応すればいいのかだろう。
「あなた、誰ですか」
しまった、見つかった。
ジェインが顔を上げるとメイドが三人立っていた。紺の長袖のシャツに白のエプロンドレス姿だった。自分を追いかけてきた兵隊ではないのでホッとした。
「あわわ、助けてください。悪い人に追いかけられているんです、それも二人組」
「アンナ、見てきなさい」
アンナと呼ばれたメイドは建物の角から広場の方を見た。
「司令官です、マルシアスと部下のスザンヌですね」
「マルシアスは悪いヤツよ。この人を助けてあげましょう、アンナ」
「かしこまりました。レモン、あなたは鞄を持ってあげなさい」
ジェインは二人のメイドに挟まれるようにして建物の裏手に回り、小さなドアから中へ入った。廊下の突き当りで、アンナが階段に上がれと言った。あとからメイドがキャリーバックをガタガタと引っ張ってきた。
「こちらへ、どうぞ」
部屋に通されバタンとドアが閉まった。