【シュロスの異邦人ー3】②

文字数 4,064文字

 三階分くらい上って塔の上に出た。
「はあ、やっと着いた」
 壁の内側の部分は歩廊といって、歩くためのスペースになっている。壁は同じ高さではなく高い所とやや低い所が交互に続いている。高い部分は凸壁、低い場所はクレノーとか狭間(さま)と呼ばれている。狭間は弓を放つために作られたものだ。城壁の外側にはフェンスはなく、しかも、歩廊の内側には壁も柵もなかった。切り立った塀の上である。フェルは落ちないように外側の壁に摑まりながらゆっくり歩いた。見かねたミユウが手を差し伸べてくれた。
「ここ眺めいいよ」
 先を歩いていたササラが遠くを指差した。そこには城砦の外の景色が広がっていた。荒涼とした大地が、そして遥か遠くの山も見える。城壁に近い所には畑が広がっていって青々とした作物が植えられていた。
「土地が荒れていたのを開墾して牛を飼っていたり、畑とか果樹園もあるんだ。ほら、あれは麦畑」
 眺めはいいし、普通だったら記念写真を撮るところだ。ミユウたちにはスマートフォンやパソコンは見せていなかった。この時代の人に現代の機器を見せてもいいのだろうかと自重していたのだが・・・
 フェルはポケットの中をさぐって、
「写真を撮ろう。君たちを写すよ」
 と言った。
「いいけど・・・どこでするの。木の板に彫るんでしょう」
「ここで撮ります」
 フェルはポケットからスマートフォンを取り出した。
「うわっ、何それ」
 二人がのけ反った。
「これ、スマートフォンというんだ」
「武器かと思った、新型の武器かと」
「驚かせてごめん、武器じゃないから安心して」 
 500年前の人にはスマートフォンが武器のように見えたのだった。無理もない、フェルの時代ですら、ほんの二十年くらい前までは、携帯電話やスマートフォンを持っている人は少なかったのだから。
「これは電話といって、遠くの人と会話をするのが本来の役目なんだ。それがメールという手紙をやり取りしたり、カメラになったり、映画を見たり、音楽も聞いたりすることができる便利な器械だ」
「遠くの人と話せるんですか、それじゃあ、兵舎にいるナンリさんとも話せるの?」
 ミユウとササラはスマートフォンを上から見たり、ひっくり返して裏を覗いている。
「相手の人が同じものを持っていないと話はできません。それに、ここには電気や通信のアンテナがないから、今のところ電話は無理だね」
「なーんだ」
 便利なスマートフォンも、この世界では薄くて平たい金属の箱に過ぎない。
「でも、写真ならオッケーだよ」
「これ、フェルの時代にはみんな持っているんですか」
「普及率は99パーセントくらいかな。現代人にはなくてはならない必需品だね」
 写真を撮ろうとしてフェルは考えた。いきなりカメラを向けたら驚いて城壁から落ちてしまわないとも限らない。
「じゃあ、そこの壁の前に立ってください。立っているだけでいいですよ」
 フェルはミユウとササラに凸壁を背にして立ってくれと頼んだ。壁の前に立った二人は表情が固く緊張している様子だった。現代ならピースサインかハートマークを出すのが普通だ。
 スマートフォンのカメラを向けた。
「それじゃ、撮るからね」
 カシャ
「撮った」
「あれ、もう終わり?」
「なんだ、あっけない。何にもしてないじゃん」
 フェルは画像を確認した。青い空をバックにして城壁に立つミユウとササラが写っている。表情は固いが、それでも、ほほ笑んでいる感じが出ていた。
「それじゃあ、見せるよ・・・ところで、二人はこれまでに自分の姿を見たことある?」
 この時代、鏡は製造されていたが、おそらく王女様か貴族かでもないと持っていなかっただろう。突然、自分の姿を見てしまったら、驚きを通り越してショックを受けるかもしれない。
「あるよ、私は変装したときに、ガラスに映ったのを見た。それから、鏡も見たことある」
 それなら大丈夫だろう、フェルは画面を見せた。
「はい、これが、いま写した写真」
「ドヒャー・・・あわわわ」
「何なんですか、これは、これは」
 二人がスマートフォンの画面を見て驚いている。
「ミユウちゃんとササラさんだよ、後ろの城壁もそのまま写ってるでしょ」
 ササラが壁を振り返って見比べた。
「何なんですか、これは。まさかとは思うけど、これが私・・・って、これが、私か」
 500年前の人が、解像度の高い鮮明な写真を、それも自分の姿を見たのだから驚くのも無理はない。乾板写真もフィルムも飛び越えて、いきなりの高画質では現代人だって驚くだろう。
「この、この、写っている、この人間は」
「信じられない・・・こんな、私がこんな・・・」
 二人はスマートフォンの画面とお互いの顔を見合った。
「「こんなに、可愛いなんて」」
 驚いたのはそっちか、フェルは安心した。スマホの写真を見て自分の姿が可愛いので、びっくり、いや、むしろ、喜んでいるのだった。いつの時代も若い女の子の興味は変わらないのであった。それから、この写真は永久に保存されていること、プリントアウト、つまり印刷もできるのだが、ここでは電気がないのでそれは不可能だと説明した。フェルの話はそっちのけで、二人はスマートフォンを食い入るように見つめている。
「こんな狭い所に入ってしまうなんて、でも、本人はここにいるんじゃん」
「どっちかがニセモノなんだ」
「ああ、このままじゃ、お菓子が食べれない。ここから出してください、フェル」
「なるほど、そう思うのも無理はありません。写真を撮った後でも、みなさんは自由にどこでも行けますから安心してください」
「言われてみれば、そうだわ」
「それに閉じ込めておくというよりは、いつでも見られるように大切に保存しておくんです」
「じゃあ、私はフェルといつも一緒にいるというわけね・・・だったら、もっといい服を着るんだった」
 写真の件は一件落着した。

 再び城壁の上、歩廊を進んだ。壁の内側は町の風景が見て取れる。半円形の広場があるが商店はなさそうだ。ミユウに尋ねると商店は住居地区に多いという。ここは入り口に近いので屋台しか出せないとのことだった。フェルは広場の写真を数枚写しておいた。
 城壁の端まで歩いてきた。そこには一際、高い塔が立っている。城壁の外に対して威厳を誇っているかのようだ。侵入者を威圧する意味もあるのだろう。
「ううっ、あれは・・・」
 フェルは足を止めた。一段低い狭間に頭蓋骨が置かれていたのだ。
「もしかして、あれは、人の頭の骨ではありませんか」
「そうです。この間の戦いで討ち取った・・・敵の団長よ。首だけ切り落として置いておいたわけ」
「そ、それが白骨化したということですか」
「二か月くらい前だったかな。鳥が突っついてたから骸骨になったみたい」
 可愛い顔をして、何と恐ろしいことを言うのだろうか。フェルは寒気がしてきた。
「怖いですか、骸骨」
「いえ、その、発掘現場で人骨が掘り出されることもあるんですが、生々しいというか、出来立ての骸骨は見たことがなかったもので・・・」
「前もって言っておけばよかったかしら」
「フェルさん、裏門にも置いてあるから、気を付けてくださいね」
「これで驚かないでしょ」
「裏にある骸骨はカッセル守備隊の捕虜です」
 シュロス月光軍団は女性兵士の軍隊だから、類推するにこの首は敵軍の女性兵士のものだろう。敵を倒して処刑し、首は戦利品として晒し物にする。高い塔に首を掛けて勝利の証拠として見せ付けようとしたのだ。あるいは魔除けの意味で鬼門に置いたのであろう。
 あらためてこの時代が戦いに明け暮れていたことを思い知らされた。
 その時はと、ミユウがローズ騎士団との経緯を話した。
 カッセル守備隊にはルーラント公国の王女様が参陣していた。王女様の機転で月光軍団は思いがけず勝利を手にした。その直前の戦いではミキが敵の王女様を逃がしてあげたことがあったそうだ。
 カッセル守備隊に王女様がいたことは以前にも聞かされていた。ルーラント公国はジェインがワープした可能性がある場所だ。
「戦場に出てくるとは、さぞや勇ましい王女様なんでしょうね」
「ぷはぁ、それが、聞いてよ、ワガママでどっちかというとバカで、ゼンゼン弱くて逃げてばっかりだったのよ。月光軍団のトリルちゃんが捕虜にしたんだけど、片手で捕まえたって自慢してた。その時は、まさか王女様とは知らなかったそうよ」
 マリーアントワネットやエリザベス一世のように歴史上、名を残した王妃や女王様もいたけれど、ほとんどの国王、女王様たちは政治は側近に任せてのうのうと暮らしていたのだろう。その点、さすがは辺境だけあって、ここには戦争に加わった王女様がいたのだ。

 城壁をあとにして螺旋階段を下った。ただでさえ、外の明るさに比べて塔の中は暗いうえに、フェルは髑髏の晒し首を見た恐怖で脚がすくんでしまった。
「どうしたの、怖い」
「いえ、その、暗いし、慣れていないから・・・」
 フェルがそう言うと、前を歩いていたミユウが手を取ってくれた。
「一段ずつ行くからね」
 ミユウの手をしっかりと握った。手をつないだまま何週か回って、ようやく一階にたどり着いた。
「着いたわ」
「ゼイ、ゼイ・・・すいません、助かりました。僕の時代には電気があって、建物の中は電球の照明で明るくなっているんです」
「電気とか、電球っていうのは何のことですか」
「電気というのはエネルギーのことです。たとえば、身近な物でいうと水車を回すために必要な力のようなものです」
「ふうん・・・イマイチ分からない」
 この時代の人には電気を理解してもらうのは難しかった。
「みなさんが知っている物だと・・・電気とはカミナリみたいな物です」
「それなら分かる、カミナリが落ちると、夜でも眩しいくらい光る」
「電気を発生させた発電所から、長い電線を引っ張ってきて、それぞれの家や街角を明るくする電球を灯します。電球で夜も明るくなります」
「城砦でも夜はオイルランプやロウソクを使います。攻防戦が始まった場合には松明を取り付ける。でも、夜は暗いのが当たり前」
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み