【ダメ王女】④

文字数 2,872文字

 王女様もメイドのレモンも似たようなものだ・・・アリスはため息をついた。
 アリスは王女様にすり寄っておけば、そのうち都に呼び戻される可能性もあろうかと密かに目論んでいた。それが新任の司令官によって、皇位継承権を剥奪され追放されたと暴露されてしまった。そうなると、とたんに今度は王女様がやっかいな存在に思えてきた。ここは自分の立場を良くするためにむしろ新司令官側に接近して、王女様を追及しておいた方がよさそうだ。
「王女様、この最悪の状況は全てあなたの身から出た錆なんですよ。王室内のでの地位を上げて、皇位継承権を復活させなくてななりません」
 そこでアリスは一段と声を張り上げ、
「何か王女様なりのお考えはありませんか」
 と、廊下にいる王女様に具申した。
「お考えはありますよ。お兄さまとお姉さまを殺すの」
 体育座りの姿勢でしゃがんでいた王女様が答えた。
「二、三人いなくなれば皇位継承権の順番が上がります」
「なるほど、では、どうやって殺すんですか。王宮に攻め込むとかしないことには不可能です」
「そうよ、攻め込むのが正解。ベルネさんを暗殺者に任命する」
「いやだわ、絶対」
 ベルネが言下に断った。
「暗殺とかではなくて別の方法です」
「他の方法って言えば、この間から呪いを掛けているんだけどなあ」
 マリア王女様は指をハサミのように動かした。
「私は七番目だから、六人のお姉さまが邪魔なわけ。人形の首、六つも切って呪ったんだけど、ちょん切った首をアンナがせっせと縫い付けたのよ、だから呪いが効かないんだ」
 アンナがしきりに頭を下げて謝っている。
「アンナさんのせいにするとは、呆れて物も言えません」
「呪い殺すのもダメ。でもって、暗殺に失敗したら、次の作戦は毒を飲ませて殺しちゃうんです。こっちはマーゴットちゃんの出番」
「暗殺に失敗したら、次の作戦は毒を飲ませて殺しちゃうんです。こっちはマーゴットちゃんの出番」
「それも却下です。暗殺や毒殺しか思い浮かばないとはますます呆れてしまいます。他に何かありませんか。もっと現実的な方策です。この際、皇位継承権は諦めるとしても、せめて、ストップした仕送りに代わる資金調達の方法を考えてください」
「簡単よ。税金を高くすればいいじゃん」
「思い切り却下します」
 アリスが言うと、そこに居合わせた全員が、そうだと同調した。
「増税は庶民虐めです。暗殺とか重税を課すとか、そういうことではありません。例えば、新しい農地を開墾したり、機織りの機械を増やして、この地域の生産量を上げるといったことです。人にばかり押し付けてないで、ご自分で何かをしてみたらいかがですか」
「畑仕事やら機織りなんて、王女の私には不得意なことばっかりです。そんなことより、他国を侵略して、ごっそり金を奪うっていうのは? バッチリでしょう」
「ふんふん、いいアイデアです。王女様が先頭に立って突撃してくれるんでしょうね。それなら構いませんが」
「やーめた、ちょっと言ってみただけ」

「これが公になったら城砦の住民たちは黙ってはおりません。ここに押しかけてきて王女を出せとか言い出しかねません」
 そう言ったのは城砦監督のロッティーだ。
 ロッティーはこれまでお嬢様を虐めたり、この間の戦いでは前隊長のリュメックを救出するために殺そうとも考えたが、王女様だと分って膝を屈して仕えることにしたのだった。それがダメ王女であったとはガックリである。
「王女様、それでは、今の話はこのメンバーだけで収めておくことにしましょう。みなさん、他言は禁止です。住民には知られないように注意してください」
 隊長のアリスが話を締めくくった。というよりは、その程度の対応策しか思いつかなかった。
「王女様、あなたは今まで通りメイドとして働いてください。そうしたら、住民の前では王女様ということにしておいてあげます」
「はいはい、分かりました」
 マリア王女様はまるっきり分っていない様子だ。
「メイドでも何でもすればいいんでしょ。それだったら、時給を上げてよ。召使いのレモンの方が私より時給が高いんだもん」
「当然です。レモンは朝早くから起きて、寝る間も惜しんで働いています。掃除も洗濯もきちんと仕事ができるので時給が高いのです。その点、王女様はどれも半人前じゃないですか」
「あーあ、最悪。こうなったのもレモンのせいだ」
 マリア王女様がレモンを小突いた。
 ふて腐れている王女は置いておき、アリスは新任の司令官マルシアス・ハウザーに向かって言った。
「新司令官、この騒ぎはあなたにも責任があります。迂闊にも、国家にとって重大な秘密を喋ったのが騒動の原因です。今後は自重してください」
「だって、みんな知ってると思ったから」
「この人がバラしたんだよ。悪いヤツ」
 ここぞとばかりマリア王女様が新司令官のマルシアスに突っかかる。
「ダメ王女に言われたくありません」
 マルシアスも負けてはいないで王女様に言い返した。険悪な雰囲気になってきたので隊長のアリスが慌てて話を逸らした。
「先日のバロンギア帝国ローズ騎士団との戦いで、守備隊の劣勢を跳ね返してくださったのはマリア王女様でした。ダメ王女と決めつけないようにしてください」
「そうだよ、みんなが、こうして生きていられるのは、私がバロンギア帝国のローズ騎士団をやっつけたお陰じゃん」
「おっしゃる通りでございます」
「やったね、私の勝ち」
 マリア王女様は勢いを取り戻していい気になっている。
「マルシアスさん、あなたこそ何か手柄を立てていもらわないと新司令官としての地位を認めるわけにはいきません」
 アリスはマルシアスに釘を刺した。
「手柄ですか」
 ダメ王女がバロンギア帝国の騎士団を打倒したと聞いて、新司令官として赴任したマルシアスも穏やかではなかった。到着したばかりで荷物も解いていないというのに戦いに臨むことになりそうな雲行きだ。
「もしかして戦場に行くのですか」
「そうです。さきほど、王女様は他国を攻めると言いましたね。そこまでしなくてもいいのですが・・・たとえば、ロムスタン城砦を攻略するというのは、どうでしょうか」
 アリスがロムスタン城砦の話を持ち出した。これには城砦監督のロッティーも大いに賛成だ。司令官のエルダが戦死したかと思ったら、さっそく後釜が着任してきた。しかも、エルダ以上に面倒な上官のようである。ロッティーは城砦監督という地位に就いているけれど、この調子では新しい司令官から閑職に追いやられかねない。
 ここはけしかけておいた方がよさそうだ。
「その話は月光軍団やバロンギア帝国東部州都も了承していましたね。新司令官の初仕事としても相応しいでしょう。ロムスタン城砦を手に入れれば王宮を守ることができます。王女様が皇位継承権を取り戻せるかもしれません」
 ロッティーは、司令官のマルシアスにはロムスタン城砦の攻略を勧め、その一方では王女様にもしっかり取り入った。
「そうだっ、私の皇位継承権を取り返せ!」
 形勢が有利になってきたので、すっかり調子に乗るマリア王女様であった。 
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