【シュロスの異邦人ー1】④

文字数 3,052文字

 翌日、ミユウは取り調べにササラを同席させた。ササラは読書家だから、いろいろ知識がありそうで、未来から来たと言っていることを解明してくれるのではないか。それに、フェルが現れたのは、あのいいかげんな恋人探しの本にも原因がある。
 フェルを監獄の床に座らせた。
「昨日は眠れましたか」
「はあ、藁は初めてでしたので・・・せめて綿入りの布団があればいいんですが」
「綿! 王宮ではないんです、牢屋ですよ。私は寝る時は布を掛けるだけなんですから」
 温かいベッドは今夜もお預けになりそうだ。
 取調べが始まるとフェルは未来から来たという説明を繰り返した。それを聞いていたササラはピンときた。
「それって、『時をかける王子』という本にあるお話ですよ」
 ササラによると、100年先の世界から空飛ぶ馬車に乗って飛んできたイケメン王子が、貧しい娘と愛し合って結ばれるというストーリーだということだった。
「それじゃあ、フェルがイケメン王子だってわけ。見た目は、ゼンゼン弱そうだけど」
「王子かもよ、だって図書室にどこからかともなく飛んできたんだもの。空飛ぶ馬車で来たんだよ」
「フェルと結ばれる貧しい娘は私とササラちゃんとどっちなの」
「ミユウちゃんです。第一発見者で取調べ担当だし。それに、ミユウちゃん、この人のこと、フェルって呼んだ」
「・・・あれ、そうかな」
「恋人が見つかる呪文の本、ベストセラーだけあって本当に効き目あったんだ。二人はたった一晩過ごしただけで恋人になっちゃいました」
「過ごしてないって、フェルは監獄だったんだもん。やだもう、当分、牢屋から出してあげないから」
「そうよね・・・だって、ここは」
 二人が急に小声になる。
「大丈夫、アレは向かいの檻だったからね」
 アレとは何か、フェルは悪い予感がした。
「今夜も寝るんだから、あとで掃除しとくね。なかなか血の跡が取れなくって」
「血、血とはなんですか」
「敵の捕虜を鞭で叩いて痛め付ければ血が出るのは当然でしょう」
 どうやら、アレとは、牢獄でかなり厳しい取調べがあったのを指しているようだ。まさか、ここで死んだとか・・・フェルは恐ろしくなった。これが若い女の子たちの会話とは思えない。確かに中世に来てしまったのだ。
「フェルさん、脱獄しちゃえば。そうだ、あなた未来から来たんだから、その方法を使えば、どこでも飛んでいけるんでしょう。ミユウちゃんの部屋、教えるね」
「ああ、ダメ、言わないでっ」
 取調べはいつの間にか女の子の恋バナになっていた。さっきは牢獄の話で盛り上がっていたが、若い女の子は現代でも中世でも同じようなものだ。違うのは、目の前の二人は月光軍団という軍の兵隊だという点だ。

 フェルは、彼女たちならば、レンガに食い込んだ部品やCZ46、エルダのことを詳しく話してみてもいいのではないかと思った。
「あの、すみません・・・取調べはどうなっているんでしょうか」
 フェルが恐る恐る言うと、ミユウとササラは顔を見合わせて笑った。
「なんだっけ」
「ですから、取調べをしてください。いろいろと話したいことがあるんです」
「話を聞いてもいいけど、フェル、シュロスに来たことを感謝しなさい。隣の国に到着してたら、とっくに死刑になってたかもよ」
「なんですって、死刑!」
 死刑だと言われてびっくりした。
「カッセルの城砦にいるルーラント公国の王女様がね、ゲキヤバな王女で、奴隷になれとか、言うことを聞かないヤツをギロチンにしたがるの。カッセルに捕虜になっていたフィデスさんが言ってたけど、人形の首をハサミでチョッキンしたんだって」
 ミユウが指を二本出してハサミのように動かした。
「それは見つかったら大変だわ。でも、どうしてミユウちゃんがルーラント公国の王女様を知ってるの」
「だからさ、言わなかったっけ、カッセル守備隊に見習い隊員で混じっていたわけ」
「ありえない」
 どこまでも脱線していく取調べだった。
「その、僕の話は・・・」
「そうでした、肝心なことを忘れてました」
 ようやくフェルの話を聞いてもらえる状況になった。
「僕は中世の城郭に使われていたレンガの研究をしているのですが、先日、ちょっと変わったレンガを見つけまして・・・」
 フェルは、バロムシュタット市で発掘したレンガに金属のネジが食い込んでいたこと、それを自分の身体の一部だと言って取り返しにきたCZ46という女のことなどをかいつまんで話した。
「その女性から、過去の世界にワープ、つまり移動すれば、レンガに突き刺さる前の状態の部品が手に入ると頼まれたので、僕の生きている時代から、約500年前、中世の時代にやってきたのです」
 ミユウはフェルの言うことを書き留めていたが、
「ふむふむ、だいたい分かりました、というか、半分くらいですけど」
 と答えた。
「どうぞ、分からないことは何でも訊いてください」
「今の話にでてきた『中世』って何ですか」
「歴史の時代区分です・・・」
 フェルは、過去の世界の人にとっては現代史の時代区分は難しいと思いながらも話を続けた。
「僕の生きている時代は『現代』といい、古い順に古代、中世、近世、近代、現代となります。この世界、この時代は中世に当たります」
「そこは納得できません。お話では中世とは古い時代のようですが、私は古いなどとは思っていません」
 古いと言ったので、ミユウとササラはちょっと気を悪くしてしまったようだ。
「そうでした、ここは現代でした」
 確かにフェルから見れば、この時代を歴史上は中世と呼んでいるのだが、彼女たちにとってはまさに現代なのだった。つい迂闊なことを言ってしまった。その一方ではミユウの理解力の速さにも驚かされた。
「次に分からないのは、CZ46とかいう、その女性の身体は全身が金属のネジで出来ているんですか・・・」
「ええ、僕の時代ではロボットという名称です。ネジだけでなく身体全体が金属製です。この世界で似ている物では・・・」
 この時代の人にロボットを説明するのは難しい。フェルはからくり人形か時計に組み込まれた歯車のようなものを引き合いにしてみた。
「時計の歯車をご存知ですか」
「時計の歯車!」
「心当たりがあるんですか」
 フェルはミユウが時計の歯車について何か知っているのではないかと期待した。もしかしたら、CZ46がフェルよりも先にこの時代に到着していたのだろうか。
「フェル、その女性なんですけど・・・」
 ミユウがフェルを覗き込んだ。その目は何か戸惑っているかのように見える。
「実は、身体が歯車になっている女性に心当たりがあるんです」
「なんと」
 フェルは思わず身を乗り出した。
「フェル、もしかして、その人、歯車で出来ているという人は・・・エルダさんという名前なのではありませんか」
 エルダ!
 フェルは驚愕を隠せない。エルダの名前がシュロスのミユウの口から出たのだった。
「エルダさん。そうです、エルダさんです。いえ、違うかな・・・いえ、エルダさんで合っているところもあるんですけど」
 こんなにも早くエルダの手掛かりが見つけられてフェルはいささか困惑してしまった。
「どっちですか、はっきりしなさい。ことと次第によってはタダではすみません」
「僕がこの世界に来た目的は、エルダさんという女性を探しにきたことなのです。しかし、どうして、ミユウさんがエルダさんをご存知なのですか」
 ミユウはフェルの質問には答えず、
「月光軍団のナンリさんを呼びましょう・・・いえ、フェルは監獄から出てもらった方がいいかもしれません」
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