【シュロスの異邦人ー2】②

文字数 3,128文字

 また監獄に戻るのかと思ったが、ミユウはフェルのために兵舎の一室を用意するという。偵察員ではないことは判明したが自由の身にはしてもらえなかった。念のためこの兵舎に止まっているようにと言うのである。宿に宿泊したり、町を見物したいというフェルの希望は叶わなかった。
 ナンリやフィデスの話では、足首の部分は隣国のルーラント公国、カッセルの城砦にあるという。カッセルまでは早馬で一日半はかかるそうだ。シュロスにとっては敵国にあたるからフェルが望んでも気軽に尋ねることはできそうにない。
 フェルのリュックサックは図書室の木箱から発見された。ササラが見つけて持ってきてくれた。パソコンなどの機材も無事だった。今夜はパソコンで調べものをしようと思った。とはいえ、電気がないこの時代ではパソコンを使うことはできない。明日の昼にはソーラー電池を充電することにした。
「私、エルダさんを助けたことがあるんです」
 兵舎の廊下でミユウが言った。
「偵察のためにカッセルの城砦に潜入したとき、ちょうど守備隊が凱旋してきたところでした」
 ミユウはメイドになって兵舎の奥深く入り込むことに成功した。牢獄に食事を運ぶと、そこに司令官のエルダがいた。エルダは前隊長を投獄したのだ。その囚人の一人がエルダに飛び掛かった・・・
「持っていたトレイを差し出してエルダさんを庇ったんです。エルダさんが殺されればカッセル守備隊は混乱したはずなのに、私はエルダさんを助けました。変だと思うでしょう、守備隊は敵なのですよ。そのあと、私は偵察員だということを見破られて、エルダさんに捕まってしまったんです」
 エルダに連れて行かれた部屋で、捕虜になっていたフィデスに引き合わされた。それからエルダはミユウに対しメイドを解雇すると言った。
「おかげでカッセルを抜け出してシュロスへ来ることができたんです。今度は私が助けられました。ところが、こちらでは、王宮から来ていたローズ騎士団がシュロスの城砦を制圧していて・・・今思い出しても辛かった」
 そう言ってミユウは拳を強く握りしめた。
「再び、カッセル守備隊と戦争になって、エルダさんは騎士団のローラに惨殺されてしまったのです。私の目の前でした。エルダさんは、自爆攻撃させられたフィデスさんを助けに来たんです、危険を承知で・・・」
 ミユウがため息をついた。
「500年先から来た僕には、ミユウさんたちの苦労は分からないところがあります。それでも、今の話はジーンとしました」
 エルダさんが亡くなった様子を聞いてフェルは胸が痛む思いがした。
「フェルの時代は、戦争はしてないんですか」
 ミユウが尋ねた。
「僕が生まれてからは、国と国の大きな戦争は起きていません。70年ほど前が最後でした。ですが、小さな紛争や衝突などは後を絶たないのが現実です」

「そうだ、ナンリさんがジェインさんの捜索の指揮を執っています。早く見つかるといいですね」
「もしかしたら、ジェインさんはどこかの宮殿に着いたかもしれない」
「宮殿ですか、どうして? 」
「僕はレンガの研究がしたくてそれを強く意識したので、シュロスへたどり着いたのだと思うんです。その点、ジェインさんは、女王様が活躍するゲームしていたり、王子様に会いたいとか言っていたのでね。バロンギア帝国の宮殿に着いたかもしれない」
「それなら、バロンギア帝国ではなくてカッセルの城砦ですよ。そこには、ルーラント公国の王女様がいます・・・ああ、でも、ヤバいかも」
「ヤバいとは、恐ろしい王女様なんですか」
「キャハッ、違うよ。たぶん、奴隷にされてる。うん、絶対、奴隷だな」
「それは困るじゃありませんか。早く救出に行かないと」
 フェルはジェインを心配して言っているのだが、ミユウはケラケラと笑った。
「大丈夫ですよ、一番好きなのがギロチンと監獄ごっこでしたから。奴隷にするのは、王女様にとっては、ごっこ遊びじゃなくてマジなんだって、フェル、私、そう言わなかったっけ」
 シュロスへ着いたその夜、カッセルにいる王女様の話が出たかもしれない。ジェインはカッセルに到着した可能性がある。ミユウは笑っているけれど、ジェインがギロチン好きの王女様の奴隷にされていやしないかと心配だった。 

 ミユウに案内されたのは図書室の隣の小部屋だった。フェルのためにここを居室として用意したという。ワインの樽が積まれた倉庫のような部屋だが牢獄よりははるかにマシなので、ありがたく使わせてもらうことにした。
「食事は一日二回です。あとで食堂に行ってくださいね」
 そう言ってミユウは帰っていった。

 フェルは一人になって布を敷いて横になった。
 エルダの消息が判明したのは大きな成果である。だが、エルダがすでに亡くなっていたのは実に残念なことだった。それでも、とりあえず、これで初期の目的は果たせたといっても良いだろう。あとは別れ別れになってしまったジェインとCZ46を見つけたい。
 到着したのがここシュロスの城砦で良かったとつくづく思えた。身分を疑われて監獄に入れられることもなく、まして奴隷にされたわけでもない。しかも、シュロス月光軍団は女性だけの軍隊だった。ナンリやフィデスはなかなかの美人だし、ミユウにも親切にしてもらっている。女性に囲まれて悪い気はしない。そうはいっても、月光軍団のナンリやミユウたちは兵士だから、いざ戦いとなったら剣や槍を振り回すのだ。

 外の方から人々の喚声に混じってドスンという音がした。建物の建築か城砦の修復工事をおこなっているのだろう。研究者として城壁の工事はぜひ見てみたいものだ。
 今度は金槌の音が響いた。
 ワープする時に聞こえてきた金槌を叩くような音、不気味なその響きに恐怖感に襲われたものだった。しかし、到着してみればあの時の不安はすっかり消え去った。
 金槌を叩く音は『ラインの黄金』で、神々が指環を取り戻すために地下へ行く場面で耳にしたのだった。しかし、この分ではどうやら、取り戻すとか、奪い返すということにはならずに済みそうである。
 そういえば『ニーベルングの指環』の第二作目は『ワルキューレ』ではなかったか。ワルキューレは戦場を死んだ騎士をヴァルハラ城に連れていき、城を守る戦士にするのが役目だ。女性兵士のナンリやミユウがワルキューレのように戦場を駆け巡る姿を想像した。しかし、彼女たちを以てしても戦争で命を落としたエルダを生き返らせることは不可能である。
 たしか、ジェインは元ヤンキーの暴走族で、オートバイで走り回っていたと言っていた。ジェインこそ戦場を駆けるワルキューレだ。
 『ニーベルングの指環』は四部作なので、続く三作目は『ジークフリート』である。英雄ジークフリートがノートゥングの剣で大蛇を切り殺す。その血を舐めると小鳥のさえずりが「言葉」となって聞こえて道案内となり、ブリュンヒルデの元へと向かうという話だった。血を舐めるくらいならまだいいが、この時代にはもしかしたら本物の吸血鬼がいたかもしれない。人の生き血を吸う吸血鬼などはご免だ。
 指環にはアルベリヒの呪いが掛けられている。地下帝国ニーベルハイムの恐ろしい呪いだ。吸血鬼も地下帝国の呪いも、できることなら避けて通りたい。
 そして第四作は『神々の黄昏』だった。
 そろそろ夕方が近い黄昏時である。なにしろこの世界は電気がないので夜は真っ暗で早々に寝るしかない。

 フェルは食堂に行くために起き上がった。
 朝食に出されたのは固いパンと豆のスープ、それにキャベツの塩漬けだった。15世紀の庶民の食事を味わえるのは貴重な体験だ。夜はステーキでも・・・いや、それは王様か貴族でもなければ無理というものだろう。
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