【シュロスの異邦人ー1】③

文字数 4,121文字

 ここはどこだ・・・ワープして、予定した場所と時代に到着したのだろうか。
 フェルは自分を落ち着かせようと大きく深呼吸した。
 薄暗い部屋だ。高いところに明り取りの小さな窓が一つある。天井は丸いアーチ状になっていて、壁はゴツゴツした岩が剥きだした。レンガの敷かれた床はところどころ土が剥き出しになっている。そして入り口には黒光りする重そうな鉄格子ががっちりと嵌っている。部屋というよりは単なる穴倉、ありていに言えば監獄なのであった。
 予定通りにワープできたかどうか確証はないが、少なくともフェルがいた時代ではないことは確かだ。ワープ直後、フェルの目に飛び込んできたのは崩れた本の山だった。図書館らしき室内にたどり着いたのだ。そこから連れてこられる途中、石造りの建物、屋根のある塔などが目に入った。発掘調査で何度も訪れたカルカソンヌのような光景だった。

 先ほどまで三人の女性にあれこれ尋ねられていた。監獄だから尋問と言うべきだろう。先に帰った年かさの二人は、さしずめ軍隊の女兵士といったところだった。ナンリと呼ばれていた女兵士は、たくし上げたスカートに革のジャケットを羽織り、コルセット風の胸当てとすね当てを身に着けていた。これで剣や槍を手にすれば、いつでも戦闘態勢に入れそうな格好だった。もう一人は灰色のシャツに黒の長いスカートを穿き、黒いベールをすっぽり被っていた。こちらは将校クラスとみえて、物腰が柔らかで言葉遣いは丁寧だった。
 一人残った女性はミユウという名前で、二十歳ぐらいに見えた。動きやすそうなメイド服を着ている。フェルが起き上がれないでいたところを助けてくれた女性だった。
 この女性が、ミユウが残ってくれたので安心した。
「さてと・・・名前と年齢の他は何も答えてないわね。どこから来たのか、忍び込んだのは何が目的なのか、本当のことを言ってください」
「答えたらここから出してくれますか。監獄ですよね、ここは」
「あなた次第よ、フェルナンド・キース。どこから来たのか言いなさい」
「未来の世界からです」
「未来って、それはさっきも聞いた・・・どういうことなの」
「僕が暮らしているのは、今から500年ほど先の時代です。信じてもらえないでしょうが、嘘ではありません」
「はい、信じられません」
 ミユウがきっぱりと言った。
「いいですか、私は人殺しは得意じゃないんだけど、部隊長のナンリさんが聞いたらただではすまないわ。ナンリさんはこの前の戦いで何人も殺したんだから」
 ミユウは大げさに言った。ローズ騎士団の幹部たちを殺害したのはスミレだったが、ナンリもその決断に加わっていたのだから、殺したと言ってもあながち間違いではない。スミレが殺害した副団長のビビアン・ローラの首は城砦の裏門に吊るしてあった。その首は鳥に突っつかれてすでに白骨化していた。
 
 フェルは質問にはきちんと真実を答えている。だが、未来から来たと言っても、そう簡単には信じてもらえないようだ。まずは、ここがどこで、いつの時代かを確かめることが必要だ。エルダという女性を探しに来たことは、この場所がどこだか判明するまでは黙っていた方がいいかもしれないと思った。
 さらに心配なのは、一緒にワープしたはずのジェインとCZ46のことだった。どうやら、離れ離れになってしまったようだ。ジェインはどこに到着したのだろうか、無事ならばいいのだが。

「僕は・・・古いレンガや城砦を研究する仕事をしています」
 フェルは手始めにレンガの研究をしていると述べた。
「レンガの研究ね。ということは、建物の設計か何かをしているんですね。それは認めましょう。ですが、研究を口実に城砦の弱点を探って偵察しているのではないですか」
「探っている? 僕がそんな偵察だなんて、あくまでも研究が目的です」
「困りましたね。さっきも言ったでしょう。私は血を見るのは好きじゃないんです。むしろ、あなたを助けたいんです。フェルナンドさん、取り調べに協力してもらえませんか」
「それでは、一つこちらから聞きたいのですが」
 フェルは思い切ってそう切り出した。
「ここはどこの国で、何と言う町なのでしょうか」
「それも知らないんですか。ここは、バロンギア帝国、東部州都に属するシュロスの城砦です。そして、あなたが忍び込んだのは月光軍団の兵舎です」
「バロンギア・・・シュロスの城砦!」
 ワープに成功したのだ。
 フェルは予定通りバロンギア帝国に着いたのだった。ここはシュロスの城砦であり、月光軍団という部隊の兵舎だということも明らかになった。
 さらに確認するために、バロムシュタット市かと訊いてみたのだが、
「バロムシュタット、そんな町は聞いたことがありません」
 ミユウは知らないと首を振った。
「シュロスは州都から離れた辺境の城砦です・・・ううむ、バロムシュタット、バロム、バロムね」
 ミユウは聞いたばかりの名前を繰り返した。
 バロンギア帝国・・・バロム・・・シュタット・・・
「そうだ」「それよ、フェル」
 二人同時に声を上げた。
「バロンギア帝国とシュロスを、くっ付けちゃえばバロムシュタットになるじゃない。フェルのいる未来では、このシュロスの城砦はバロムシュタットという地名になっているのね」
「僕もそう思います」
 ミユウとのやりとりで、フェルはワープする以前に立っていた城砦の遺跡、その場所にたどり着いたことが確実となった。
 取り調べに当たっている、ミユウという女性は、フェルの話を受け入れてくれそうな気がしてきた。先ずはこの人に信用してもらうことが必要だ。
「僕が未来からここへ来たという話は信じてもらえますか」
「そうですね、フェルは学者であって危険人物ではないことは分かりました。けれど、未来からやってきたことについては、もう少し検討する時間が必要です」
「はい、それで結構です。確かに、すぐには理解してもらえないでしょう。僕が城砦の構造を研究していることだけでも分ってくれれば嬉しいです」
「では、今日の取り調べは終わりますね。あとで食事を運ばせましょう。パンとスープだけですが」
「今夜はここから出してもらえないんですか。ここ、どう見ても監獄のようですし、この場所で寝るというのは・・・」
「そうですよ、何か不満でもあるんですか」
「いえ、その、なんかジメジメしてるし、寒いし、灯りもないし、布団もないし」
「監獄ですから当然です」
 ミユウはちょっと考えてから、
「分かりました、特別に食事と一緒に布団を届けますね。それ以外の要求には答えられません。いいですね、フェル、特別ですよ」
 と言った。
「はい、ありがとうございます。あの、すみません、一ついいでしょうか」
「どうぞ、フェルのため・・・いえ、私にできることなら」
「実は一人で来たのではなくて僕には連れがいるんです。一緒に来た人はジェインという女性です。城砦の中にいないでしょうか」
 フェルはジェインの服の特徴や年齢をミユウに教えた。ミユウは聞きながら、ちょっとフェルを睨むような表情を見せた。
「そんな大事なこと、なぜ黙っていたんですか、フェル。さっそく捜索中の隊員に伝えなきゃ」
「お願いします、か弱い女性なので」
 そうでもないか、ジェインは元ヤンだから、どんな所に着いても大丈夫かもしれないと思い直した。
「それからもう一人、CZ46という名の者がこの付近にいるはずです」
「CZ46とは妙な名前ですね、男性ですか」
「外観は・・・女性です」
 ミユウが去っていった後は、ほの暗い監獄がいっそう暗くなってきた。ここで一晩過ごすのかと思うと心細くなってきた。
 そういえば、ミユウはいつの間にかフェルと呼んでいた。
 彼女なら誠意を尽くして頼み込めば願いを聞き届けてくれるかもしれない。ジェインのことも探すと約束してくれた。今夜は生まれて初めて牢屋で寝るのも悪くはないかなと思った。暫くして、メイドが食事を運んできた。パンとスープだけだったが、豆のスープはほんのり温かかった。ミユウが気を遣ってくれたのだろう。寝具らしきものも持ってきてくれたが、こちらはとうてい布団とは言えぬ代物だった。薄汚れた袋からはみ出しているのはゴワゴワした藁だった。

 藁の布団にくるまってまどろみながら、フェルはふと思い出した。
 ここへワープするときに聞こえてきたカンカンというあの音のことだ。金槌を叩くような音、それを聞いたのは去年観にいったオペラの一場面だった。
 ワープした発掘現場からほど近いバイエルン州にバイロイト祝祭劇場がある。車で一時間ほどの距離だ。そこで、ワーグナーのオペラ『ニーベルングの指環』を観劇した。これは15時間にも及ぶ四部作で、一週間かけて四つのオペラが上演されるのである。その第一作は『ラインの黄金』だった。神々の長ヴォータンが地下世界のニーベルハイムに降りて行く、その場面転換で流れてくるのが、カンカン、カンカンという金槌で金属盤を叩くような音だった。恐ろしく不気味な響きだったのでよく覚えている。
 ヴォータンが地下へ行くのは指環を奪い取るためだ。元々はライン河の底にあった黄金を地下に住むアルベリヒが盗み指環を作った。それを手に入れ、巨人族に取られた人質と交換するため、地下のニーベルハイムに強奪しに行くのである。
「奪い取る・・・」
 CZ46はレンガに食い込んだ部品は自分のモノだから取り戻したいと言った。だから、過去の世界へワープして来たのだ。
 奪い取るのではない。それでは部品を移植手術されたエルダという女性を傷付け、あるいは生命を危険にさらしてしまうだろう。エルダが見つかったとしても無理に奪い取ることは許されないのだ。

 さて、どうしたらいいものか、すべては明日からで、今夜は休むとしよう。フェルは藁の布団にしっかりくるまったが、なかなか寝付けなかった。
 エルダ・・・大地の神エルダ・・・
 そうだった、『ラインの黄金』には大地の神エルダが出てくるのだった。CZ46が探しているのもエルダという名前の女性だ。これも何かの巡り合わせなのだろうか。いや、エルダという名前は珍しいものではないから単なる偶然かもしれない。
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