第16話  それから

文字数 840文字

 〈それは私でもある。〉
 
 彼女の本棚の片隅には、数冊の帳面があった。それらは彼女が見た夢と、彼女が読んだ本の備忘録だった。本についての記述を、ここに少しだけ書き写しておこうと思う。
 
リョサ「緑の家」(木村榮一訳 岩波文庫)
 改段もなく、名前、そこにあるもの、言動などが並ぶ。物語の時間は細分され、激しく前後しながら複雑に配置される。砂が降る町と密林の虚構の世界。
 
カミュ「異邦人」(窪田啓作訳 新潮文庫)
 最後まで読んだら、冒頭の一文に戻ること。
 
ヘッセ「ガラス玉演戯」(高橋健二訳 新潮文庫)
 比類なく美しく融合するフーガの調べやヘーゲルの哲学や「易」の卜。学芸の理想郷を仮想した物語の中に、外に、あるいはその先にあるのは終わりなき道?
 
グルニエ「孤島」(井上究一郎訳 筑摩叢書)
 世界に対して孤立している人々が世界とつながるとき、一瞬の幸せが光を放つ。簡素で美しい哲学的な思索。一つの島。余韻。死とも近い。
 
ダニエレブスキー「紙葉の家」(嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ)
 本を回転させながら読み進めるうちに虚構と現実の感覚を見失う。迷宮。実在しないものとするものの混在。横組みでも見たい。
 
エーコ「フーコーの振り子」(藤村昌昭訳 文春文庫)
 虚構と現実のただならぬ関係の物語。情報と対峙するときは、関心を持ち、記憶し、分析すること。小説でも、報道でも、史料でも。日常でも。
 
ヴォネガット「スローターハウス5」(伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫)
 圧倒的な現実を前に、宇宙人からしか学べないこともある。
 
ディック「高い城の男」(朝倉久志訳 ハヤカワ文庫)
 史実、虚構、本名、偽りの身分、偽の工芸品。三冊の本が、真贋を問う。
 
パワーズ「幸福の遺伝子」(木原善彦訳 新潮社)
 虚構の物語の物語。小説論の様でもある。胸を衝く物語を楽しむこと。作者と協力して作品を完成させること。


 
杉山亜蓮「本だな」
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