第14話

文字数 1,080文字

 〈それは火を嫌う。〉
 
 台風が残していったじっとりとした大気を貫く朝日を背中に受けながら、家の周りに散乱する葉や小枝や、どこからか飛んできた百日紅の花を掃き集める。
 私は川沿いの道まで歩き、道端で立ち止まって川を眺める。茶色い水が、いつもはそこに見えるはずの中州を覆い隠す。河岸では草がなぎ倒されているところがあり、その位置まで水位が上がっていたことを示している。
 嵐の痕跡と日常の風景が共存する。穏やかさを取り戻す途中の朝も、この道や河川敷にある遊歩道を何組かの年配の夫婦が散歩し、行き交うランナーはそれぞれの速度で走り、誰かに連れられた犬たちは黒く湿った道を行儀よく歩く。
 一旦家に戻り、テレビを点けて、ここを通り過ぎた台風が、今、別の場所に雨と風をもたらしている映像を見る。パンとコーヒーを食べる。
 それから私は図書館から借りた本を鞄に入れ、再び靴を履き、荒々しく流れる川を横目に図書館へと向かう。
 ときに大切ななにかを失うことを想像することはあるが、実際になにかを失う瞬間は悲しさや苦しさを伴うことなく、予兆もなく情動もなく淡々と失うことが多い。場合によっては、失ったことに気づかないままになにかを失っていることなどもあるだろう。昨日もそうだったから今日もそうであろうという確からしさを頼りに繰り返される日々は、天秤の様に危うい均衡を保ち、そこに起きる一グラムの変動で大きく動揺する。
 図書館のある公園の入口は閉ざされており、中に入ることはできない。私は、公園の入口から図書館を見る。黒く煤けた外壁はその形を保っている様にも見えるが、壁を這う蔦はなくなり、ほとんどの窓は壊れている様だ。ここからでは遠くて、建物の中の様子はよくわからない。図書館を囲む広場には大きな水たまりができていて、火災現場から運び出されたと思われる物や、台風の風によって飛んできた枝や葉が散乱している。広場にいる十数人の人はヘルメットとマスクと軍手を着けてそれらの片付けをしている様にも見えるし、ただ途方に暮れている様にも見える。
 小学四年生くらいに見える少年三人が、自転車に乗って公園の前までやって来る。
 「今日は、公園には入れないんですか?」
 そうだねと私は答える。
 「図書館が燃えてるの、見たよ。昨日の朝早く。大きい火が見えた。」
 「雨で消えたのかな、火。」
 「でもさ、本が雨に濡れたらだめだね。」
 それから、自転車にまたがった少年たちは、どこで遊ぼうかという相談を始める。ここがだめならば、ここではないどこかに行こうと少年たちは考える。
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