その4

文字数 1,164文字

 このことをきっかけに、僕は手紙でユキに正式に交際を申し込んだ。
 ユキからの返事には、

 この間のゴールデンウイークには大変お世話になりました。
 ワタシも吉見くんと別れたあと、すごく寂しくなって、このままひき返してしまいたいと、思うほどでした。
 鎌倉や横浜のことは、とてもステキな思い出になりました。
 本当にほんとうにありがとう。
 吉見君もワタシ達をずーっと案内してくれて、疲れたでしょう。
 ゴメンね。
 最後に交際の件ですが、こんなワタシでよかったら、喜んでお付き合いさせてもらいます。
 それでは、また。
 お手紙待っています。
 電話も大概九時過ぎには帰っていますので、いつでもしてきてね。
                                       ユキ

 とあり、僕はその手紙を持って思わず「ヤッター」と叫んでいた。
 僕はこの日から、週末になれば必ずといっていいくらい、大阪のユキの実家に電話した。
 僕の部屋には電話がなかったから、近くの公衆電話へ行って、山のように積んだ百円玉が残り少なくなることを、恨めしい思いで見ながら、取り止めのない話をした。


 それからの二ヶ月程は、公衆電話に足繁く通った。
 しかし、梅雨があけたくらいからユキの様子に変化が見えてきた。
 いつも帰りが遅くなり、九時過ぎくらいに電話をしても帰っていないことが多く、段々と電話で話す回数も減っていき、たまに話しても、妙に話が弾まなくなってしまった。
 時々電話に出る妹の対応も迷惑そうな感じを露骨にあらわすようになった。
「しつこくかけられて困っている」
 と、ユキが妹に言っているのではないだろうか、と勘繰ってしまう。
 ユキは夜遅くなるのは仕事のせいだとずっと言っていた。
 僕はしっくりこなくなったのは、直接会えないからだと思い、夏休みに高知に帰省する途中でユキに会うため大阪に寄った。
 私鉄の南海線に乗って、ユキが待つI市に行った。I市に降り立った時、ホームにユキはまだ来ていなかった。
 僕は昨日の電話口で会いに行くと告げた時の、ユキの反応の悪さを思いだした。
 待ち合わせの時間が一時間を過ぎても、ユキは現われなかった。
 駅で待つ自分が、段々と惨めに思えてきた。
「ゴメンネ、遅くなってしまって」
 ユキはあまり遅くなったことを気にしている様子もなく、悪びれずに言った。
 その後僕達は駅前の喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。
 僕はユキの様子がよそよそしくなってしまったことに気付いた。
 一時間程たった頃、
「今から仕事の関係でいかないといけないんで……」
 と席を立ちかけながら言った。
 僕は帰る電車の中で、(チキショウ、こんな女のことなんか忘れるぞ)と、哀れな自分に言い聞かせていた。
 僕とユキとの一度目の交際は、こんなあっけない終わり方をしたのである。
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