その10

文字数 1,536文字

 ユキと小松島のフェリー乗り場で待ち合わせ、室戸岬を観光した後、雄大な太平洋を左手に眺めながら高知市内まで車で走った。
 高知市内に入った頃から雨が降り出し、しばらくするとフロントガラスを叩きつけるような豪雨になった。
 僕達はファミレスに入り夕食をとった。週末のファミレスは家族連れや恋人達で賑わっていた。
 ユキは酒も飲める方であり、ユキにビールをすすめた。
「健太郎ゴメンネ」
 と言って、おいしそうに生ビールのジョッキーを口にした。その口元を見ながらユキにはピンクのルージュがよく似合うと思った。
 ユキはほんのり赤くなった頬をして、少し酔ってきたのがわかった。
 ユキは普段も間延びしたような甘ったるい声で話すが、酔えばもっと甘ったるくなる。
 僕達はいつのまにか今までに付き合ってきた異性の話をしていた。ユキは酔いに気分が良くなりよくしゃべった。
 ユキは高校の頃、南海ホークスの若手選手と付き合っていた話を始めた。
 それによると、ユキがその選手のフアンであり、よく練習を観に行っていた。いわゆる追っかけである。
 そうこうするうちに、その若手選手から声をかけられ付き合い始めた。僕もその選手のことは名前だけは知っていた。
 しかし一年も付き合わないうちにその若手選手は、交通事故で死んでしまった。今でもそのときのことを思うと辛くなると涙ぐんだ。
 その前にも、兵庫県の高校野球の名門、T校の甲子園球児とも半年ほど付き合ったらしい。
 そして以前僕と付き合っていた時には、大阪のK大硬式野球部の男と付き合っていたことを正直に話した。
 僕は、(そう言うわけだったのか)という、いまさらながらピエロだった自分を憐れに思った。
 この男とは、別れ話ですったもんだあって、
「お前と別れるんやったら、お前を殺して俺も死んだるゆわれてなぁ、ほんとう大変やったんよ。その時高速走ってて、ジグザグ運転するんよ、ほんとう、ごっつう恐かってん、このまま死ぬか思うたわ」
 そのことを思い出しながら、忌々しそうに言った。
 これまでのユキの話を聞いていて、今までの彼氏に野球選手が多かったことから、ユキの野球好きがわかる。
「けどほんま怒らんと聞いてなぁ、健太郎と付き合っていたころな、T農大の子とも付き合ってたんやんかぁ。ほんでな、ワタシ何回か東京にも行ってたんよ」
 ユキは顔の前で手を合わせ、ゴメンといったポーズをとった。
 ここまで聞くと、ほとんどもう返す言葉がなくなっていた。
 僕はユキがそれ以外にもT電力に勤めていた男と付き合っていたことも聞いた。この男はなかなかの男前で背も高く外見は申し分なかったらしいが、セックスに関しては淡白過ぎてユキには合わなかったらしい。
 僕は興味本位に聞き始めたことだったが、しまいにはいささかうんざりし、ユキの過去の男の影に打ちのめされそうな気がした。
 表情が曇ってきた僕にやっと気が付いたユキは、ハッとしたように真顔になって、
「健太郎が話せゆうたからやわぁ。けどごめんねぇ、くだらんことべらべらしゃべりすぎたみたい」
 とユキも少し後悔したように言った。
 僕は気を取り直すように、
「ユキちゃん、今度、ワタシを通りすぎていった男たち、なんてタイトルの本でも書いてだしたらえいかもしれんぜ」
 とからかうように言った。
「ワタシなんて、まだまだ、遊んでないほうなんよ」
 と悪びれずユキが言う。
 僕は何をぬかすかという気分だったが、今そのユキを今度は僕が通りすぎる一人に加わっているのかもしれないと思った。
 店内は相変わらず適度の客の入りといった混み具合で、時間を気にすることもなくゆっくりと話ができたため、ふと気が付くと十時を過ぎていた。
 僕達はここで三時間余り話しをしたことになる。
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