その2

文字数 1,286文字

 僕がはじめてユキに会ったのは、N大学の三回生の時だった。
 夏休みに東京から帰省し、高校時代に剣道部で一緒だった松崎と地元の観光地に遊びに行っている時、友達三人で観光に来ていたユキ達をみた。
 ユキ達は一通り観光もすんだ様子で、時間をもてあますように石碑に寄りかかって立っていた。
 松崎は行動の早い奴で、
「おい、あのこら、こっち見ようけんど、ちょっと声かけてくらぁ」
 と言って彼女達の方に歩み寄った。
「君達どこから来たの?」
 と松崎は軽い調子で聞いた。
 真中に立っていたボーイッシュな感じの女の子が、
「私は須崎からやけど、彼女らは大阪から来ちゅうの」
 と笑って答えた。
 僕は左端に佇んでいるユキを見た瞬間から、可愛い子だと思った。
 ユキはタンクトップにジーパン姿で小麦色に焼けた肌が眩しかった。茶髪のロングヘアーがよく似合い、都会の女の匂いをさせていた。
「ようにバスの時間調べてこららったきぃ、次のバスが来るまで、まだ後一時間もあって、どうしようかっていいよったがよ」
 須崎の女の子が話すだけで、ユキももう一人の友達も笑みを浮かべるだけだった。
「そしたらさぁ、僕達も今から帰るとこだから、よかったら僕の車に乗っていかない」
 S工大生の松崎は、ややあやしげな東京弁でしゃべった。
「車これなんだけど、いいかい?」
 と松崎は、目の前の軽トラを指差した。
 ユキ達は、一瞬顔を見合わせたが、
「えいよ、ここで一時間待つ思いしたらどうってことないきぃ」
 と須崎の女の子はハチキンらしく、さばさばと言った。
 ユキ達三人は、軽トラの荷台に乗って、吹きつかれる風に髪をなびかせながら、子供のようにはしゃいで歓声をあげた。
 途中喫茶店により雑談をした。
 ユキ達は僕達と同い年であり、この春大阪の短大を卒業し、仲のよかった須崎の女の子の実家に観光も兼ねてやって来たとのことである。
「あんたらN校出身ながぁ。このこらN校も見たいゆうきぃ、ここに来る前によって来たがぜぇ」
 一昨年の春の甲子園大会にN校が初出場し、あれよあれよという間に準優勝してしまった。野球部員が十二人しかおらず、十二人の選手だけで準優勝したN校野球部を「二十四の瞳」とマスコミが取り上げたことで、すっかり有名になった。
「N校の出身の人に会えてうれしいわ」
 とユキが微笑みながら言った。
 僕は後輩たちに感謝したい思いだった。
 大学に入学した時も、ちょうど選抜大会が終わった直後であり、僕がN校出身だと話すと、しばらくは注目されていた時期があった。
 途中僕の実家で父親のカローラに乗り換え、彼女達を始発駅のあるN市まで送った。
 最後にしっかり彼女達の自宅の住所と電話番号を聞くことを忘れず、国鉄N駅で別れた。
 僕の実家は高知県の西南端のO町にあり、N市からでも車で小一時間程かかる僻地だった。高知市内に車で行くにも三時間半はかかり、隣市のS市には野中兼山の子供達が幽閉されていたことを思えば、まさに最果ての地といった感がある。


 再会する日、僕は車を運転しながら、徳島までの長い八時間ほどの道中、ユキとの大学時代のことを思い出していた。

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