その14

文字数 703文字

 僕とユキは小さな池田町の寂しげな商店街の中の喫茶店に入り、コーヒーを飲んだ。
 僕はユキと会うのはこれで最後にしなければいけないと内心思っていた。
 僕はユキの顔を、これが最後になるのかといった感傷的な気持ちで、しげしげと見つめた。
「どうかしたん、健太郎?」
「いや別に、どうも……」
「何か、考えてるんちゃうの?」
「いや……、別に」
 僕は優柔不断な性格のため、いざ今日を最後にしようと思いながらも、どこかまだ煮えきらない自分に戸惑っていた。
 だいいちまだユキのことは、いまでも好きであるから尚更である。
 しばらく喫茶店でユキを眺めている内に、僕は無性にユキを抱きたくなり、
「なぁ頼みがあるがやけど……。今から、モーテルに行きたいがやけんど、もう金が無くなってしまって……。ダメかねぇ?」
 僕は今日を最後にしようと決めながら、心も体もユキを求める矛盾した自分を抑えることが出来ずに、懇願するように言った。
 ユキは財布の中身を確認して、
「大丈夫みたい、いいよ」
 と笑って答えた。


 僕達は町外れの小さなモーテルに入った。
 僕はユキを抱きながら、表情やしぐさの小さな動きまでも永遠に忘れないよう記憶に留めたいと、ユキから目を一瞬たりとも離すことをしなかった。
「おれもこのまま大阪に行って、ユキちゃんと暮らそうかなぁ」
 と天井を見ながら独り言のようにつぶやいた。
 ユキに以前、大阪で暮らしたいと言った時、ユキは軽い調子で肯定したことがあった。しかし今日のユキは聞こえなかったかのように、目を閉じたまま黙っている。
 僕は今もユキが妻子ある男と付き合っているか、確認はしていなかったが、ユキに聞けば必ず別れたと言う気がした。
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