その9

文字数 688文字

「どうだった、妊娠してなかったかい?」
 次の週に会ったとき、僕は内心ドキドキしながら聞いた。
「あったよ、あれからすぐに生理がきたわ」
 とユキは、少しむくれたような顔をして僕を見た。
「ああそうかそうか、良かった、良かった」
 と胸をなぜおろすと、ユキは僕の横顔を恨めしげに見ていた。
 この頃からユキの態度も段々と遠慮がなくなり、「吉見君」から「健太郎」と名前を呼び捨てるようになった。
「ワタシ、今度健太郎の田舎にも行ってみたいけど、だめかなぁ?」
 とあるときユキが言った。
 僕はそれとなく現在付き合っている彼女のことも話していたが、田舎の彼女は知らずにいたから、田舎にユキを連れて行くことには抵抗があった。  
 そのころの僕は、田舎の彼女や彼女の母親からも結婚をせまられるようなことを言われはじめ、正直気が重くなっていた。
 田舎の彼女とは当初軽い気持ちで付き合い始めた僕は、どうしても結婚に踏み切れない目に見えない壁のようなものを感じていた。その理由は自分にもよくわからないものだった。
 このままずるずると交際を続け、結婚を先延ばしにするか、いっそのこと別れるか、そんなことを日々感じていたのである。
 ユキと会うことでそういった気分を紛らわすこともでき、夢見るようにユキとどこか見知らぬ土地で暮らしたいと思っていた。
 ユキには田舎の彼女にない奔放さがあった。
「ユキちゃんのところからだと、あまりにも遠すぎるよ。いつかまとめて休みが取れるときに遊びにおいでよ」
 僕達は大概週末の土日にあっては、一泊二日の逢瀬を楽しんだ。
 ユキを抱くたびに惹かれていき、虜になっていく自分が恐かった。
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