その3

文字数 1,120文字

 僕が、ユキに手紙を出したことから、文通のようなものが始まった。
 ユキは大阪のK市という、ユキの実家のあるI市の隣市で、保母をしていた。
 保母になって間もないために、色々と苦労をしている様子が、手紙に書かれていた。
 僕は、甘ったるい声で話すユキが、保母として働いている姿を、なんとなく想像できなかった。
 始めの頃は、僕が出した手紙にも、すぐに返事をくれていた。
 ユキは秋になると、行事に終われて忙しいらしく、返事が遅れたことを「ゴメンナサイ」と、可愛い文字で書いていた。
 僕が四回生になって間もなく、ユキからしばらくぶりに手紙が来た。
 そこには、ゴールデンウイークに鎌倉に遊びに行くから、案内してほしいとあった。
 僕は大学の一回生のとき、校舎が神奈川県の藤沢市にあったことからその付近に下宿し、二回生になって校舎が世田谷の三軒茶屋に移ってからも、神奈川県に隣接していた東京の町田市にアパートを借りて住んでいた。
 町田からだと、鎌倉は小田急線で藤沢に行き、江ノ電に乗り換えれば一時間足らずで行ける。
 鎌倉は何回か東京に来てから行っていたが、好きな場所だった。
 僕はゴールデンウイークが来るのを、首を長くして待った。
 部屋の掃除に蒲団のシーツの洗濯と、普段やらないことまでして、準備した。
 

 ゴールデンウイークの初日、待ち合わせにしていた小田原駅のホームで僕は胸をときめかせながら新幹線の「こだま」を待った。
「こだま」からホームに降りて改札に向って押し寄せてくる人の波から、ユキを発見した。
僕は少しはにかんで、小さく手を上げた。
 その時ユキは横に並んで立っている女性を僕に紹介した。
 僕は内心、(なぁんだ、一人で来たんじゃないのか)とがっかりしたが、表情を変えずに彼女に会釈した。
(二人で来るなら、そう言えばいいじゃないか。思わせぶりなことしやがって)と、よからぬ想像でこの一ヶ月あまりを過ごした僕は、しらけた気分を味わった。
 一緒に遊びに来た彼女は、ユキの職場の同僚だった。
 前に郷里で会った時もそうだったが、ユキが行動をともにする女の子は、真面目そうな、どちらかといえば野暮ったい感じの子だった。
 僕はユキ達を連れて、鎌倉や横浜の外人墓地や中華街といったところを、二泊三日の間せっせと案内した。
 夜の山下公園を散策している時など、ユキと二人きりであればどれほどよかったろうと思いながら歩いたものだ。
 彼女達と僕のアパートでお酒を飲みながら、深夜まで談笑した後、僕は後ろ髪引かれる思いで先輩のアパートに寝に行った。
 僕はユキに本気で恋をし、最後に東京駅で見送る時切なくなった。
 新幹線のドアが閉まった後、ユキも名残惜しそうに僕を見つめていた。


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