逢 二

文字数 1,113文字

「おお! 今日も賑やかやなあ!」
 男は青年へとぐんぐん歩み寄る。そして青年の前にしゃがみ込み、満面の笑顔を見せる。
「新入り! 俺は渡邊大紀(わたなべだいき)。よろしくな!」
 まだ青年が手を出す前から、半ば強引に手を取り、握手する。

「あんたもタッパでかいな。鬼は()れるんか?」
 大紀の発言にその場が少しピリつくのを青年は感じ取った。
 右鶴が鬼退治と言っていたのを思い出し、大紀は鬼に強い咒法を持つ隠儺師であると青年は悟る。
「い、いえ、俺はまだ咒法で隠を祓ったことがなくて……すみません」
 つい謝ってしまう青年を見て、大紀はキョトンとした顔になったが、再び豪快に笑う。

「そうなんや。でも四神持っとるんやろ? 立派なもんや。いつか役に立つで」
 青年は曖昧に笑うしかできなかった。
「せや! 体術は多少いけるんやろ? こいつにしごいてもらえや」
 大紀は親指で王子を指した。
「はぁ!? なんで俺」
 王子は顔をしかめて吠える。
「あいつも攻撃系の咒法はそんなやで。でも体術やとここでは一番ちゃうか」
 なあ?と王子に問いかけたが、不機嫌にふいと顔を背けられる。

 体術といえば、隠儺師なら誰しもが体に流れている咒力を生かした戦闘方法だ。直接的な接近戦となるのでリスクは高い。しかし体術を鍛えれば、早く力になれるかもしれないと青年は期待を抱いた。

「あの! 俺はまだまだここでは役に立てないかもしれません。名前を名乗る事にも迷いがあります。でも自分がこの先何ができるのか、どう生きていくのか考えてた。広目寮に来て、出来ることからやろうって決めました。だから教えてもらえることがあるなら、お願いします、教えてください」
 青年は畳に手をつき、熱い眼差しで王子を見る。
「わお、熱烈だね」
 晶馬が驚いて王子を見遣った。王子は小さくため息をつくと、はらはらと手を振りながら部屋を出て行ってしまう。あっさりと熱い言葉を(かわ)され、青年の視線だけが残った。

「振られちゃったかな」
 青年は微苦笑する。いきなり会ったばかりで、しかも非力なヤツにお願いされても困るよな、と青年は諦め半分だ。
「たぶんそんなことないよ」
 誰に発するでもなく呟いたのは右鶴だった。ごちそうさまと言い残し、素っ気なく右鶴は部屋を後にしたので、青年にはその真意は分からなかった。

 朝ごはんを食べ終わると、晶馬はこれから土岐田寮長と打ち合わせをするといい部屋を出ていった。大紀は遅めのごはんを食べ始めている。
 今日はゆっくりしていたら良いよと晶馬に言われたので、青年は寮内の散策や、寮での活動書類などに目を通して過ごそうと考える。
(買い物にも行きたいな) 
 生活に足りないもののことを考えながら、一度奥座敷をあとにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み