解 三

文字数 2,646文字

「五辻様、それではこの度の事は不問としていただけるのですか」
 陽が落ちるのも早くなり、灯りの少ない村はすでに薄暗さに包まれていた。六辻家の部屋では五辻と泰時の両親が話している。
「時代は変わった。今では鬼を使役して隠祓いをする隠儺師もいる。いつまでも昔に囚われるべきではないと判断したまで」
 両親が顔を見合わせ安堵の表情を浮かべる。
「もっと早く話し合うべきだった。悪鬼の門が開かれることがなければ、私は六辻の存在さえ知らず過ごしていた」
「六辻の先祖はあのあと密かにこの村に匿われました。もう六辻から隠儺師を出すこともなく、ひっそりと暮らしていければと思っておりました。しかし悪鬼の門が開かれ、どうしても泰時を助けたかった。受け入れてくださった土岐田寮長には感謝しきれません」
 泰時の父はほろほろと優しさがこぼれる顔をしており、まっすぐな泰時の性格もこの親なら納得がいくと感じる。

「ところで、今更大変不躾だが、名は何と申す」
「ああ、六辻博泰(ひろやす)です」
 名前を聞いた五辻が声を上げて笑う。それを見て博泰もキョトンとする。
「しっかりと通字を引き継いでおったか。存外したたかだな」
「はい」
 バツが悪いように、照れたように博泰が笑う。
「泰時がおらんうちに伝えておく。大蛇封印の事だが、正直な話この非常事態に隠儺師達の身の保証ができん。一度家に帰れるものは帰した。本来ならば今比叡山の法陣を跨いでまで出入りするのは憚られたが、泰時を一度こちらへ帰したかった。それが今回私と泰時がここへ来た目的の一つだ」
「お心遣い感謝いたします。後はあの子に託し任せます」
 博泰たちが謝意を表した。

 玄関には泰時が立ち尽くしていた。久しぶりに近所の法師たちの家を周り、子供たちと遊んだ帰り。手には法師にもらったお菓子やら土産を抱えていた。
「いっつもこうだ、俺は周りに甘やかされてばかりだ」
 呟く泰時の顔はくしゃくしゃになり、頬と目が赤く滲んでいた。泰時がその場から動けずにいると、五辻が廊下からこちらへ歩いてきた。その後ろに博泰もついて来ていた。
「なんだ、帰っていたなら入ってこればいい。お前の家だろう」
 相変わらず五辻は単調に話しかける。
「お、泰時、いろいろとお土産もらってきたんか。お前が顔を見せてみんな喜んでただろ」
「うん、子供たちも無事だったから安心した」
 未だ少し赤い目を泰時が擦る。すれ違うように五辻が玄関から外へと向かった。
「五辻寮長はここへは泊まらないのですか?」
「私はそれほど無粋ではない。空き家を用意してもらったからそこで過ごさせてもらう」
 振り返ることなく歩いていく姿を六辻親子が見送った。
「五辻様は堅物な方だけど、優しい人だね」
 博泰の言葉に泰時も「うん」と頷いた。

「ねえ父さん。少し話さない?」
 博泰はそう言われるのが分かっていたように、そして待っていたように、少し困った顔を見せたが泰時に応えた。
 博泰と泰時が向かい合って座る。泰時が広目寮に入ってからそれほど月日は経っていなかったが、懐かしくもあり新鮮な気持ちで父に対峙していた。
「父さんが俺や六辻を守るために記憶を封印したのは分かってるよ」
 泰時が切り出すと博泰が小さく息を吐く。
「でもね、俺は少しだけ父さんを恨んでるよ」
 博泰の目が一度大きく見開かれたが、うんうんと首を縦に深く振った。
「もしかしたらこのまま四神との約束を守れないまま平然と生きていたかもしれない。広目寮の、大切な仲間に会えていなかったかもしれない」
 泰時の頭にはふてくされた顔、ほころばせた顔、真剣に泰時を見つめる清與の顔が浮かんでいた。

「お前と四神との約束の事を知らなかったとはいえ、勝手なことをしてすまなかった。せめてちゃんとお前に話すべきだった。お前はそんな大事な役目を担い、果たそうとしていたのだな。子供だと思っていたが、子ども扱いをするべきではなかった」
 愛おしい我が子がこんなにもたくましくなっている。誇らしい以外のなにものでもない。それでもこれから始まる厳しい戦いに送り出すのは気が重い。博泰だけでなく親ならだれもがそう感じるだろう。
「無事に帰ってきて、お前の友達を紹介してくれ」
「うん! もちろん! でも俺はこれから隠儺師ではいられないんじゃ……」
「お前が隠儺師として生きたいなら、私は五辻様ときちんと話す。これは私たちやその先祖の問題だ。子ども扱いはしないと言ったが、お前たち世代が背負うものじゃない」
 始めはとまどった自分の力だったが、泰時にとってこれほどこの力に感謝することはなかった。父親とこんな風に話ができる。誰かのため戦える。大切な仲間と戦える。
「清與っていうんだ! 俺の大切な友達! すごく強くて、なのに弱くて、キラキラの王子様みたいで、でも口が悪くて、面倒見がよくて、乱暴で、笑った顔が可愛くて、でも無愛想で、それで――」
 はっはっはと博泰が声を上げて笑う。
「お前はその子の全部が好きなんだな」
 泰時がキョトンとした顔になる。清與の何が好きなのか、考えたこともなかった。でも博泰の言う通りだった。清與の存在が泰時を救ってきてくれていた。
「そう、だから大丈夫。清與がいるから、大丈夫」
 自分に言い聞かせるように泰時が呟く。その様子を見て、博泰も少し安心したように、自分自身も腹をくくるように息を吐いた。


 その後も泰時と五辻の修練が続き、毎日くたくたになった。それでもこの後に控える使命を考えると、泰時は心を奮い立たせ鍛錬せずにはいられなかった。
 
 そして半月ほど経ったとき、ついにその時が来た。
 その日も朝から泰時と五辻が特訓を重ねていた。
 泰時が五辻の懐へ攻め入る。そのまま打撃を食らわすかと思いきや地面を滑るように五辻の後ろへ回る。五辻も反応し横薙に肘を回し泰時を打とうとするが、それよりも速く泰時が蹴り上げた脚が五辻の横腹を捕える。
「うっ」
 五辻が苦しい声を上げると、泰時は両手を振り上げ叫ぶ。
「やった! 初めて一本取れた!」
「……まあ、今ので良しとしよう」
 頭上で戦う貴人と朱雀を見上げ、貴人の術を解く。泰時も朱雀を呼び戻す。腹をさすりながら五辻はまんざらでもない表情を泰時に向けた。泰時はにかっと笑い答えた。その時だった。
 地面が大きく揺れ、地震が起こる。今までとは揺れが違った。大地から何かが生まれ出でるような感覚。泰時や両親、五辻、法師たちも時が来たと感知した。

 十二月三十一日 午前九時四十三分 大蛇覚醒。隠儺師一同 京都へ集結。
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