逢 一

文字数 1,894文字

 部屋の整理を終わらせる。とはいっても、荷物は少量の私物と、必要最低限の支給品だけなので、時間は掛からなかった。今日からここで頑張っていく。そう心に決めたものの、果たして自分が役に立てるのか、青年には不安がよぎる。
 落ち着かずに部屋の真ん中に佇んでいると、障子の外から晶馬(しょうま)の声がした。

「少年君、準備はできた?」
 青年はもう一度気持ちを引き締る。
「はい、晶馬さん、行きます」
 晶馬に連れられ再び縁側を歩き、案内されたのは先ほど土岐田と青年が初顔合わせをした部屋だった。
「この部屋は食事、団らん、時には会議をする部屋なんだよ」
 晶馬が思い切りよく障子を開ける。部屋の中には二列に膳が置かれ、先客が二名、対面するように座り食事をしていた。

 障子が開けられた瞬間、食事をしていた者たちの視線が晶馬の方へと向けられる。もちろん、その後ろにいる青年にも自然と目が向けられた。
「おはよう。今日から広目寮に所属することになった――えっと、名前が今はないんだけど」
 晶馬は青年の背中に手を回し、寮の皆の前へとぐいっと押し出した。部屋を見渡すと先ほど庭で見た花絨毯王子の姿を見つけた。王子を見つけた青年の眼が(らん)と光る。王子は青年には興味なさそうに朝ごはんを食べ続けている。

「今日からお世話になります。よろしくお願いします!」
 深々と頭を下げる。
「名前がないの? 不便だね」
 青年から見て一番手前に座っていたのは、小柄な女性。腰まで伸びた長いしなやかな髪。大きな目。青年よりも若く見えるが、クールで落ち着きはらった佇まいは、青年より大人びていた。
荒立右鶴(あらたちうず)だよ。よろしくね」
 やはりクールに挨拶をすると、すぐ食事にもどってしまう。青年も慌ててよろしくと返す。青年は右鶴の前の膳に案内された。横には晶馬が座る。

「俺よりずっと若いのに隠儺師なんてすごいね」
 青年が右鶴に話しかける。
「家がそういう家系なだけ。私がすごいわけじゃないよ。それに君だって式神使いなんでしょ。十分にすごいと思うけど」
「でも俺は戦ったことも隠祓いしたこともなくて。ここでみんなとやっていけるのか分からないし……」

「クソ湿っぽいヤツだな。じゃあなんでここへ来たんだよ」
 王子の声が奥座敷に響いた。
「なんでって……今はまだ使えないけど、ここに置いてもらう代わりに頑張ろうって思って――」
「そんなに甘くねえよ」
 青年の言葉に力が入るが、間髪を入れず王子がそれを打ち消す。
 まだ挨拶もしない内から嘲罵されてしまい、しょげてしまう青年に晶馬が助け舟を出す。

「初対面でそんな言い方しないでよ。ごめんね、この子は――」
「しけたヤツに名乗る名前は俺

ねえよ」
 晶馬の言葉は遮られ、助け舟もあっさり沈んでしまった。王子はやはり青年に興味を持つ様子はなく、食べることに専心した。
「気を悪くしないでね。とりあえず今はご飯を食べようか」
 晶馬は相も変わらず優しく気を使ってくれる。青年の意気込みも、王子の一蹴により怯みそうになっていた。

 折れてしまいそうな心をよそに、膳の上には美味しそうな朝ごはんが運ばれてきた。青年は配給係に頭を下げる。
「配膳や料理、寮内の家事労働をしてくれているのは広目寮で預かった子供たちや、見習い、入寮志願者なんだよ。見習や入寮志願者は隠儺師までの咒力はなくても、咒法を扱って隠祓いや法陣の配備に従事してくれてるんだ」
「そうなんですね。今は俺より仕事ができるのに、なんだか申し訳ないです」
 苦笑を浮かべる青年の前に置かれた膳からは空腹感を刺激するほどに良い匂いが漂ってくる。思い返せば青年は丸一日何も食べていなかったのだ。まずは食べて精力をつけようと、湯気の立つみそ汁を一口、胃の中へ流し込んだ。

「そういえば他の三人は?」
「昨日は遅くまで鬼退治だったから、まだ寝てる」
 晶馬の問いに右鶴が答えた。
「そっか、仕方ないね」
 その会話から、青年はこの寮にまだ他の隠儺師(おんなし)がいることを知る。
 
「鬼退治? 怨霊を祓う隠儺師とは違うの?」
 青年の問いにも右鶴が答える。
「隠儺師には対怨霊を得意とする者と、対鬼を得意とする者がいて、怨霊は主に咒力を用いた咒術で祓うけど、鬼は咒力を乗せた物理的なダメージを加えないと祓えない」
「なるほど。夜遅くまで鬼退治だなんて大変だ」
 青年が感心していると大きく箸を置く音が響いた。
「お前そんな事も知らねえのかよ」
「そんな事言ったって……!」
 苛つく王子に対して青年もつい声を荒げる。

 その時、どすどすと元気な足音が向かってくる。スパンと障子が開けられたと同時に、背の高く、ほどよく筋肉が付き引き締まった体の男が現れた。
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