朋 一

文字数 1,812文字

清與(きよ)、見て!」
 目の前に差し出されたのは四角い紙切れ。
「新幹線の、チケットがどうかしたか」
「そう、新幹線!」
 胸をときめかせる泰時(やすとき)とは反対に清與の反応は冴えない。
「そうか、お前ずっと山暮らしだったから新幹線乗ったことがないのか」
 どことなく嘆かわしい視線で泰時を見る。
「新幹線どころじゃないよ。大阪にだって来た事なかったんだから」
 ますます清與の視線が憐れみを増す。
「やめてよ、その目……なんか嫌だ」

 いつも通りの泰時と清與の掛け合いの最中、土岐田(ときた)が声をかける。
「今回は式神使役の修行ということで、福岡の増長(ぞうちょう)寮に行ってもらおうと思うてな。増長寮の寮長が式神使いの咒法を持つ。学べることは多かろう」
「お前一人で大丈夫なのか?」
「清與はすっかり泰時の保護者じゃな」
 土岐田が嬉しそうに笑うと、清與が異議ありとばかりに顔をしかめる。
「正直初めて広目(こうもく)寮を離れるので心細いのですが。せっかく頂いたこの機会、生かせるように頑張ります」
 泰時の毅然(きぜん)とした面構えに土岐田は優しく微笑み、清與もひとまずは安心したようだった。

 泰時が出発の準備を済ませ、門へ向かっているとぱたぱたと誰かが走ってくる足音がした。
「トキ、今から出発?」
 振り返ると九朗(くろ)が泰時の背を追って来ていた。
「はい、これから駅まで送ってもらうところです」
「あの、弟によろしくね」
「そういえば、九朗さんの弟さんは増長寮でしたね。隠儺師(おんなし)をしていると所属の寮から離れられないですし、なかなか会えないですよね」
 九朗が小さく頷く。
「この夏も家に帰るタイミングが合わなくて」

 泰時には九朗が何かを言い淀んでいるように見えた。泰時が砕けた笑顔を見せる。
「何か伝えることがあったから俺を追って来たんですよね、九朗さん」
「あ、うん、弟とね、友達になってほしいんだ」
 想像していなかった要求に少し驚く。
「飯田家は閉鎖的で同じ世代の子供との交流もなくて。トキは弟と同い年だから。弟は少し口が悪いけど、優しい子で……」
「口が悪いのには慣れてます」
「ああ……」
 泰時と九朗の間に同じ人物の顔が浮かぶ。
「もちろん! 九朗さんの弟さんに会えるのも楽しみです。良い友達になれるかな」
 行ってきますと元気に出ていく泰時を、九朗ははにかんだように笑い送り出した。


 初めての長旅、初めての新幹線や駅弁に泰時の興奮は収まらない。博多駅に着くと、増長寮の迎えの車が待っていた。泰時は丁寧に挨拶をし、車に乗り込む。増長寮に着くころには夕刻を過ぎていた。
 増長寮の屋敷は広目寮のそれよりも重々しく威容を誇っていた。何百年も前から残されてきたような建物を前にした泰時は、その堂々たる門構えに緊張が増す。
 門をくぐり抜けると出迎えたのは見慣れた顔。
「はじめまして! 広目寮から来ました。六辻(むつじ)泰時です。あの、もしかして――」
「増長寮の飯田だ。お前が来たら案内しろって言われてる。とりあえず入れよ」
 九朗と同じく漆黒の髪に切れ長の目が特徴的だが、なぜか清與を彷彿とさせる目つきと不愛嬌さを泰時は感じる。寮の屋敷に入り、九朗の弟、仇朗(くろ)に着いて行く。

「あの、九朗さんの弟の……仇朗くん?」
 背を向け(さき)を歩く仇朗から返事はない。思ったより気まずい雰囲気に泰時も白旗を上げそうになる。
「お兄さんと同じ名前なんだ。ちょっと珍しいね……」
「飯田家には代々一人しか妖鴉(ようが)咒法(じゅほう)者は生まれない。咒法を持って生まれた者はみな九朗の名を引き継いできた。だから俺がイレギュラー」
 ああ、ここにも家に囚われた者がいたと泰時は(いたわ)しく思う。
「俺はトキって呼ばれてるんだ。九朗さんが、君によろしくって」
 仇朗が勢いよく振り返る。

「兄さんが!?」
 振り返ったその目が星のように光る。仇朗がどれだけ九朗を慕っているかが泰時にも分かった。そしてこれが好機と踏む。
「九朗さんに、君の友達になってって頼まれたんだけど」
 露骨に億劫(おっくう)気な顔になる仇朗に挫けず泰時は笑顔を見せる。兄からの言葉と知ると仇朗も自然と口数が増える。
「本当に兄さんが言ったの? 兄さんを出しに嘘ついてたら許さないんだけど。だいたい友達って何」
 九朗より幼い口調と態度であるのに、九朗と似た顔に可愛らしささえ感じてくる。

「仇朗にも友達が出来たか―!」
 威勢のいい声が響いたと思うと、歩いていた廊下の向こう側より、大柄でがっしりとした男が近づいてきた。袈裟を身にまとった大男が白い歯を見せ、大きく笑う。
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