朋 二

文字数 2,195文字

「まんさん、まだ友達になったわけじゃない」
 まんさん?と泰時(やすとき)が首を傾げると、大男が泰時に話しかける。
「自分は卍山玄海(まんじやまげんかい)や。みんな

って呼んどーよ」
 土岐田から聞いていた修験道(しゅげんどう)の咒法師とは彼のことかとすぐに分かった。
「そうや、(なぎ)は元気か? もう長い間会うとらんな」
「薙さんと親しいんですか」
 泰時が聞くと、横で仇朗(くろ)が無念の表情を浮かべる。
「薙は俺ん幼馴染で

や。山に入る前はよう一緒に遊んだ」
 卍山が豪快に笑い、泰時が驚く。どういうことかと仇朗を見遣る。
「安心しろ。百戦百敗だ」
 なぜかそれが腑に落ちる。失礼だと思いつつも、あの薙に挑む勇気を称え、薙が一掃する様子が想像できた。
「そげんことより仇朗、平松寮長が待っとう。早よう行け」
 卍山に促され、仇朗が案内した部屋は増長寮の門構えとは雰囲気の異なる大正時代の洋館を思わせる内装だった。西洋風のソファーに腰掛けるのが増長寮寮長、平松聞碁(ひらまつぶんご)
 土岐田と同い年ほどのこれがまた快活な老人だ。

 机を挟んだ向かいのソファーに泰時と仇朗が腰掛けた。
「初めてやのう! 六辻(むつじ)の子にして四神の使い手か」
 平松は卍山と同じく豪快に笑う人であった。
「いろいろとご心配、ご迷惑をおかけしております」
 泰時が頭を下げると、平松は顔の前で大きく手を振る。
「よかよか。そんた五辻(いつつじ)が気にしちょっだけで、他ん者は気にしちょらん」
 平松の薩摩弁が一層陽気さを際立てる。平松の和気藹々(わきあいあい)たる性格が土岐田と似ているためか、泰時の緊張もほぐれる。

「五辻は隠儺師(おんなし)の祖の直系の家系。昔から隠儺師達の秩序を守ってきた。おいらとは背負うプレッシャーが違ごっど。分かってやってくれ」
 もちろん分かっていますと泰時も強く頷いた。
「平松寮長も式神使いなんですよね。土岐田寮長から式神使役の修行に行ってこいと言われました」
「土岐田はほんのこて

じゃなあ」
「てげてげ……」
 泰時の隣に座る仇朗が「適当」の意味だと教える。
「おいの式神は少し特殊じゃ。攻撃の事なっと、あまり教えられん。じゃっどん、まんさんと仇朗と隠祓いに行けばいろいろ学ぶ事はあっじゃろ。よかね、仇朗」
 仇朗は渋々と言ったように承諾した。
「じゃあ今日行く隠祓いに一緒に来いよ。ちょうど街はずれに鬼が出たと報告があって、俺とまんさんで向かう予定だ」

 平松への挨拶と話が終わり、二人が部屋を出る。そしてその足で卍山の元へと向かった。
「仇朗も妖鴉(ようが)の咒法を持つんだよね? 九朗さんの妖鴉姿はとても妖艶でかっこいいよね。それにとても強い」
「そうだろ!?」
 思わず声を上げた仇朗が気まずそうにそっぽを向く。
「仇朗は本当にお兄さんのことが好きなんだね。俺もね、すごく尊敬してるんだ。いつも冷静で、賢くて、頼りになる。俺は兄弟もいないし、友達もいなくてずっと式神と遊んでたから、お兄さんって憧れるな」
 横で歩く仇朗の足取りが心なしか浮き立つ。

清與(きよ)は年上だけど、お兄さんってキャラじゃないもんな」
「ま、まあ、兄さんは誰にでも優しいからな。強くて憧れる気持ちは分かる。兄さんが言うなら、友達になってやってもいいよ」
「本当!? 同い年の友達は初めてなんだ!」
 泰時が両手で仇朗の手を掴む。仇朗は引き気味になりながらも初めての感覚にむずがゆさを感じる。

「アオハルばい」
 知らない内に泰時と仇朗の近くに来ていた卍山が感慨深い声を上げる。いつの間に居たのかと二人が驚く。
「仇朗が隠儺師になったけん、兄貴は心配しとうっちゃん」
「確かに兄さんは俺が隠儺師になるのは反対みたいだけど、俺はなりたいんだよ、兄さんみたいに」
 仇朗が少しむくれた顔をする。
「じゃあ一緒に頑張ろう。九朗さんが心配しないように強くならないと。俺も仇朗も」
 卍山も悦に()った顔で頷いている。
「ほな、そろそろ行こうか」
 卍山の後に泰時と仇朗が続き、三人は今回の現場へと向かう。

 今回鬼が出現したとういう現場は中心街からは離れ、家はまばらでところどころに田んぼや畑も広がっている。
「今回出た鬼は大百足(おおむかで)や。すでにヒトば襲うとう。図体が大きかけん、気付けんばよ。なら、俺が鬼ば(おび)き出す」
 卍山が首にかけた大きな数珠を親指にかけ、中指と人差し指を立てる。
主咒縛戴天(しゅじゅばくだいてん)義円(ぎえん)義角(ぎかく)
 左手に持っているのは長い杖の先に銅で作られた輪が六つ通された錫杖(しゃくじょう)。卍山の武具だ。錫杖を地面に打ち付け、シャクシャクと音を鳴らすと奇声が響き渡り、どこに隠れていたのか(わっぱ)のような鬼が二体、勢いよく飛び跳ねながらこちらに向かい現れた。義円と義角と名付けられた童の鬼が大きな声で甲高く叫びだす。叫び声が一帯にこだまする。なかなかの声量に泰時も耳を塞ぐ。
 
 すると離れた広い畑の辺りがむくっと膨らみ、土を押し上げ巨大な百足が姿を現した。
「まんさんの鬼の声に誘われてでてきたな」
 九朗と同じように山伏装束を身に纏った仇朗が背をまるめ力を入れると奇麗な翼が生えそろう。仇朗が地上へ飛び上がり鬼の様子を確認する。
「まんさん、大百足は親玉の鬼だ。怨霊を大量に引き連れてくるぞ」
 仇朗が叫ぶと、大量の百足たちが鬼の後に続き湧き出してきた。
「俺は怨霊の相手するけん、お前らは鬼ば追え」
 仇朗が走っていく鬼を空から追い、泰時も仇朗に付いて駆け出す。
「義円、義角、蹴散らすぞ」
 甲高い奇声を上げる鬼二体と卍山が迫りくる百足の大群を迎え撃つ。
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