決 四

文字数 2,057文字

「清與! 蟇を天守閣に引き付けて」
「あぁ!? 俺に囮になれってか」
「考えがある」

 今までとは違う、獲物を見定めた鷲のような青年の目つきに、清與も腹をくくる。折よく清與はヒトの血を浴びている。囮には適任だ。
 青年が襲いかかってくる蟇を清與に目掛けて蹴り上げる。覚えてろよと言いたげな清與の眼。正直後が怖い。
 清與は三匹の蟇を体術で(さば)き躱しながら引き付ける。限界まで引き付け、天守閣の屋根に飛び移る。
 蟇たちが清與に飛び掛かる。もう清與を食う寸前だ。

「清與、飛んで!」
 三匹が清與に覆いかぶさろうとした瞬間、蟇と入れ違うように清與は屋根を蹴って飛躍する。

 青年が手印を結ぶ。
「玄武――“結氷界凝(けっぴょうかいぎょ)”!!!」
 バキバキと音が轟き、天守閣の地面から最頂部までが一瞬で凍り付いた。氷壁に巻き込まれるように蟇も凍り付く。

 清與は落下しながら札を喚び出すと、咒詞(まじないことば)を吹き込む。 
 ――唵陀伽蘇婆螺蘇婆螺隠封波羅伊玉

 着地と同時に札を地面にめり込ませる。
 地面が一度波打ったかと思うと、地面の奥深くが唸った。天守閣を覆う氷が一気に解け、元凶を失った蟇は黒い影のようになり、ドロッと溶けてなくなる。
「鎮んどけ」
 怨嗟の念が晴れていき、空気がどんどんと澄んでいくようだった。

 青年がへたへたとその場に崩れ落ちる。一か八かだった。勢いとはいえ、怖かった。失敗していたら清與が――。
「大丈夫か」
 座り込む青年の前に清與が立つ。清與の声が青年に降ってくる。
「お前、耐えられるか」
 青年が顔を上げると血でどろどろになった清與の姿があった。
 耐えられるか。耐えられないかもしれない。それでも、一つの決意がそこにあった。
「うん、ありがとう、清與」
 門弟たちや警察がぞろぞろと内堀内に入ってくる。てきぱきと女性の救護と、事後処理に着手していた。

「……助かった」
 清與は鼻を掻きながら背を向け、歩き出す。
 ――助かった。俺は人の力になれた。
 その言葉は、何もできないと思っていた青年の心に光を兆した。
 ただ助けられなかった命があった。助けられた命は、助ける為に使いたい。

「清與! 待って」
 あ?と不機嫌に振り向く清與を青年は追いかける。二人は用意されていた広目寮の車に乗り込み、寮へ向けて大阪城を去った。

「お前、なんでわざわざ蟇を天守閣に集めたんだよ」
 車中で清與が問いかけた。
「えっと、的が大きい方が当てやすいかと思って……」
(あんなにでかいもんに咒法使う方が至難だろ)
 清與は感心を通り越して呆れたようだった。しかし、確かに青年の中に眠る莫大な力を感じていた。


「うっわ、ひどい恰好じゃん」
 広目寮に着くと、門の前には背が高く、いかにも姉御肌というオーラを纏った女性がいた。前下がりのショートカット。口ピアスに眉ピアス。耳も複数のピアスで飾られている。レザーパンツを履き、ボディーラインの出る服を着こなす(さま)は男から見てもカッコいい。
 諏訪宮薙(すわみやなぎ)。二刀流で鬼を祓う広目寮の隠儺師だ。薙は大型バイクに寄りかかり青年と清與を迎えた。
「ドロドロだね!」
「俺の血じゃねーよ。メシ前に風呂入ってくる」
 そっけなく挨拶を済ませると清與は行ってしまった。薙と青年は清與の背中を見送る。

「で、あんたは? 大丈夫?」
 たぶん精神的なことを訊いているのだろうと青年は察した。
「はい、少しハプニングはあったけど。得るものもあったみたいです」
 ふーん、と言いながらも薙は安心した顔になる。
「実はね、あんたが寮に来た朝、私の部屋まで清與と言い合ってるのが聞こえててね。ちょっと心配だったんだよね。いきなり『あなたは隠儺師です。隠を祓ってください』って言われてもそりゃビックリするじゃん?」
 青年が困ったようにはにかむ。
「聞いてたんですね。知らなかった」
「でもさ、雨降って地固まる? これ実感したの二回目! あんた良く頑張ってるよ。まだ式神は使えないんだっけ?」
「攻撃したりはまだ……でも実戦で玄武が使えました。少し、俺の式の使い方が分かったかもしれません」
「そっか。それならよかったわ」
 薙はにかっと笑う。

 ちょうどそこへ一匹のカラスが飛んできて、門に止まる。
(このカラスはたまに寮へやってくるけど、伝書鳩みたいな役割かな)

「おー、九朗(くろ)。お使いありがとう」
 「え!」と、青年は薙の言葉に過剰に反応する。
「な、薙さん。このカラスは」
「ん? 九朗だよ。飯田九朗(いいだくろ)。九朗の咒法は妖鴉(ようが)への化身(けしん)だからね」
 面食らう青年。飯田九朗は漆黒の髪が美しく、普段は言葉少なく物静かで、切れ長の目が涼し気な男だった。普段は口数が少なく、あまり喋る機会もなかった。
「なんで最初に教えてくれなかったんですか! 九朗さんも」
「えー、分かった時面白いかと思って」
 薙はケラケラ笑いながら寮内へと帰っていってしまう。九朗もその場を飛び立ってどこかへ行ってしまった。
 茫然と立ち尽くす青年。広目寮六人の隠儺師たちとの生活。これからも思いやられそうだと気を揉む。
 
 
 それでも青年は固い決意とともに、寮内へと歩を進めた。
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