銘 三

文字数 1,866文字

 なぎ払われようが、切り付けられようが体勢を整え斬り込む。
 刀だけでなく体術をも駆使して戦うスタイルは、薙の持つ柔軟性あっての戦法だ。
「それとね、私は絶対仲間の頑張りを無駄にはしない」
 改めて二本の刀を携え、構えなおす。
「おいで、狐ちゃん」
 鬼が牙を剥きだし、薙に飛び掛かる。激しい攻防戦が繰り広げられる。
 薙が鬼に刀を振りかざしたその時、鬼の足が薙の手をはじく。衝撃で手から離れた甲斐姫(かいひめ)が宙に高く飛ばされた。鬼はそのまま薙を押し倒し覆いかぶさる。たった一本の刀を盾に、鬼の牙を食い止めた。大きく開いた口からは唾液が糸を引く牙が目の前に迫りくる。
「甲斐姫!」
 薙が刀の名を叫ぶ。

 トスっと音がすると、鬼の動きが止まった。
 背後から刀が鬼の胸を貫いていた。
「悪いね、言ってなかった。私の甲斐姫は呼ぶと自ら(さや)にもどってくれんの」
 甲斐姫は薙の持つ鞘に帰ろうと、さらに鬼の胸をえぐる。鬼が薙の上でもがき暴れたが、刀の持つ咒力が鬼の躰をむしばむ。「ごめんね」と薙が呟き、健御丸(たけみまる)でとどめを刺した。鬼は薙を下敷きに事切れた。
 足で鬼の(からだ)を押しのけると、刀は薙の持つ鞘へと大人しく収まった。
「いい子だね、甲斐姫は」
 再び二本の刀を腰に差し、体中についた土や葉っぱをはらう。少しの間玉藻前(たまものまえ)の死に身を眺めていた。
「あんたが悪かったわけじゃないんだけどね」
 薙は息絶えた鬼の頭をくしゃっとなでた。


 右鶴(うず)たちの元では、鬼が息絶えた事により怨霊も(しず)まっていた。
 繁星(ふぁんしん)が右鶴の額に手を当てる。すると右鶴の体から黒い煙のようなものが浮き出て、繁星の手に吸い込まれていく。煙が吸い込まれるにつれ、右鶴の顔色も良くなっていった。
「よかった。滝は治癒の力を強めてくれるから。もう大丈夫」
 そこへ薙が戻ってくると、右鶴の傍にしゃがみ込む。
「ごめんね。無理させた」
 右鶴が薙の方に顔を向ける。
「薙ちゃん――。海鮮丼が食べたい」
 薙が声を上げて笑う。
「じゃあー、白浜まで行っちゃう?」
 安心した薙の顔が明るくなる。
「繁星もありがとうね。本当助かった」
「礼はいらない。私も海鮮丼が食べたい」
「じゃあ決定!」
 オッケーサインを出し立ち上がる。

 薙は玉藻前が降り立った岩の周りを回り、崩れた岩の残骸を調べだした。そして割れた岩の破片を一つ拾い上げる。
繁星(ふぁんしん)、これ見て」
 薙の持つ岩のかけらには、横に四本、縦に五本の線が網目状に彫られている。
九字(くじ)(じゅ)
「そう、ヒトと隠の層をつなげる咒印(じゅいん)。誰かが故意に彫ったとしか思えないね」
 三人が顔を見合わせる。

「この岩を、層をつなぐ鬼門にして山全体の咒力を悪用する。高野山に眠るとされていた玉藻前はもともと岩に宿る鬼。それを利用し、呪詛(じゅそ)によって覚醒させた」
 薙が岩のかけらをぽんぽんと上に投げながら考える。
「どうもきな臭いね」
 右鶴と繁星も頷く。
「とりあえず帰って土岐田寮長に報告しよう」
 薙は未だ体力が回復しきっていない右鶴を背にかつぐ。三人は崩れ落ちた岩と眠る鬼を後に山を下りた。


 薙が持ち帰った岩のかけらを見て土岐田は唸る。隣に座る清姫もかけらを覗き込んだ。
「確かにこれはヒトの仕業に見えるのう」
「ほんに。自然にこの模様はできんはなあ?」
 薙は少し悲しそうな顔で考え込んでいた。
「今までの不可思議な(おぬ)の動向と言い、やっぱり何かを企んでるヤツがいるのかな」
「これだけでは何とも言えんが、他寮とも情報を共有しておこう。清姫や、これから何か分からんか、持って帰って確かめとくれ」
 「御意に」と清姫が岩のかけらを受け取る。薙がぼうっと宙を眺めていた。
「あのね、私怒ってるんだ」
 土岐田と清姫が薙に向くと首を傾げた。
「玉藻前はずっと大人しく眠ってたんだよ。それなのに今回ヒトの世界に引きずり出された。私たち隠儺師(おんなし)はヒトの世界に入ってきた隠は祓わないといけない。だからさ、――今回はちゃんと(まつ)られてくれたらいいな。狐ちゃん。
 鬼に同情するなんてダメかな」
「いいや、薙はその心を持っておきなさい」
「……うん」
 清姫も薙の言葉に頬を緩めると優しく微笑みかけた。薙と土岐田が話していると、地面がガタガタと揺れ始めた。
「地震? 最近多いね。しかも結構大きいじゃん」

「わー! 清與(きよ)、すごい揺れたけど大丈夫!?」
「うっせーな。てか、勝手に入ってくんな!」
 部屋の外では相変わらず隠儺師たちが騒がしい。薙も騒ぎに誘われて部屋を出る。

「事は思ったより早く進んでいるのかもやしれんの」
 土岐田は髭を撫でながら何かを考えている。それは独り言のようなつぶやきだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み