進 二

文字数 1,965文字

 部屋には泰時(やすとき)(ほのか)清與(きよ)が残された。
「さっそくだが、泰時。お前が式神を持ったのはいつからだ」
 突然の本題に泰時は動揺したが、記憶をさかのぼり思い出そうと試みた。
「俺が子供のころはすでに白虎たちがそばにいたんだ。よく式神が顕現しては一緒に遊んだりもした」
 

。そのことは式神使いとしても信じがたい事だった。

「式神というのは、本来契約して成り立つものだ。ヒトはたいがい

しか持てない生き物。十二神将は力が強い。それゆえにそれ以上を持つと、ヒトの体が耐えられないはずなのだが」
「じゃあトキは異例なのか? 今までで二体以上の式神と契約したヤツはいなかったのかよ」
「千年も昔にな。それこそ隠儺師(おんなし)の祖が十二体を(つかさど)っていたと聞く。しかしそれ以降そのような事例は報告されていない」
「契約……俺はそんなことはしなかった。ただ何か、何か思い出せない事があるような」
 どうにも謎は解けそうにない。そこで洸が泰時に提案する。
「式神は持ち主の中に宿る。少々体に負担は掛かるが、自らの心魂に入り込めば因果が見えてくるかもしれん」
 泰時に迷う理由はない。

「やってみます。少しでも可能性があるのなら」
 洸も泰時の強い眼差しを信じるほかに方法はなかった。
「では、さっそくやってみるか。お前の意識を心魂に送り込む」
 洸が手のひらを広げ、額を覆うように泰時の眼を塞ぐ。
「心魂から帰ってくる手段は自分自身の意識だけだ。用が済んだら戻るよう念じろ」
 泰時がはいと返事をする。洸が手に意識を集中させると、泰時は催眠術にかかったかのようにふっと意識が遠のき、その場に倒れ込んだ。
「おいっ」
 清與が慌てて泰時の体を揺さぶる。
「大丈夫だ。あいつが戻ってくることを忘れなければ、戻ってこれる」
「随分ファジーな定義だな」
 いつもは冷静な清與にも少し不安の色が見えた。


 泰時が目を覚ますと、そこは以前泰時が住んでいた比叡山の村だった。見覚えのある風景に懐かしさと嬉しさを感じる。
 足は自然と実家のある方へと向いていた。慣れた道、心地いい空気。浮ついた気持ちのまま迷うことなく家にたどり着く。久しぶりに見る生まれ育った家を目の前に、泰時の心は踊った。勝手知ったる家に上がると、無意識に中庭に向かっていた。
(よくここで式神と遊んでいたっけ)
 泰時が部屋から庭を覗くと、そこにはもう一人の自分がいた。今の自分ではない、幼少期の泰時だった。
 泰時は驚き、自ずと影に身を隠した。
 小さな泰時の思い出が、頭の中に流れてくる。



 一人で遊んでいると、いつからか白い虎が現れるようになったんだ。俺は虎といつも一緒にあそんだ。背中に乗せてもらったり、近くの川や山に探検にいったりもした。
 いつからだったか、虎は炎を纏った鳳凰や、青白く光る龍、蛇にも亀にも姿を変える珍獣を連れてきてくれた。俺の家族は隠れるように暮らしていたけど、みんなが一緒にいてくれたから、寂しくなかった。父さんや母さんが仕事に行っても、一人じゃなかった。

 そんなある日、虎が俺に話しかけてきた。実は仲間が姿を消しているって。もしかしたら悪い奴らに縛られているかもしれないって。俺は虎の力になってあげたかった。だから、言ったんだ。
「俺が君たちの仲間を見つけてあげる。約束する」
 だけど俺はまだ小さくて力が足りないって。すると虎と鳳凰、龍と珍獣が俺の中に入り込んだ。力を貸してくれると、約束した。
 それから不思議な力を使えるようになった。物を凍らせたり、火や水を出す事もできた。
少したった日、山で遊んでいたら小さな鬼に出会った。小さくて、非力で、おとなしい鬼。俺はただ一緒に遊びたかった。
 だけどその時、俺の中で式神が暴れ出した。俺はその力を制御できなかった。式神は鬼を殺めようとしたんだ。
「やめて!」
 気付いたら叫んでいた。式は主の命令が最優先だ。攻撃をやめた虎が俺の前に降り立った。

(おぬ)を攻撃しないで。俺のゴセンゾサマは昔鬼を助けたんだ。ミカド様に仕えていたゴセンゾサマに代わって、その鬼がミカド様を守り続けてくれた。他の隠儺師(おんなし)たちは鬼を助けたゴセンゾサマを許さなかった。だから俺の家族は今でも隠れて暮らさなきゃいけない。でもね、父さんも母さんも、六辻(むつじ)であることを誇りに思ってる。だから俺も隠を傷つけたくないんだ」
 俺はまだ子供だった。その頃の比叡山は平和だったから、知らなかったんだ。ヒトを襲う隠が本当にいることを。すると白虎たちは自ら攻撃しようとするのを止めた。
父さんと母さんにそのことを話すと、白虎たちは式神だと教えてくれた。でもその力を使っちゃいけないと言われた。そして父さんは俺に言った。「その力は隠しておかなければいけない」と。
 そうだ、それから父さんが俺に咒法をかけ、その部分はすっかり俺の記憶の中に隠された。
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