戦 五

文字数 1,313文字

 ――誰かが泣く声が聞こえた気がした。
九朗(くろ)さん」
「……うん。早く終わらせよう」
 皆が己に言い聞かせ、精一杯の力を振るう。泰時と九朗が次の向かう先には晶馬と多聞(たもん)寮の繁星(ふぁんしん)、そしてもう一人が奮戦していた。


 艶やかに舞う綸子(りんず)織りの羽織。清姫(きよひめ)が高い木の上から地上を眺める。そこは山を背に佇む神社の境内。代々神の宿る禁足地を守る社がある神聖な地。
「清姫寮長、隠の様子はいかがでしょう」
 繁星に話しかけられた清姫が袖に隠した手で口元を覆う。
「もう一山きそうじゃ。備えよ、繁星」
 清姫の言葉に繁星が手印を組む。
雑輩(ざっぱい)どもは私が。清姫寮長には手間を取らせませんゆえ」
「心強いことといったら。私も忍の家系とはいえ大勢相手の実戦は慣れておらんでな」
 ふふっと笑うと清姫があらわにした足に隠されていたクナイを取り出す。両手をクロスさせると身をかがめ構えた。
「一気に祓おうかのう!」
 清姫の一声(ひとこえ)が合図となり、繁星の咒法によって一斉に地面から木の根が突き()でる。清姫が器用に根を伝い、身軽に駆け上がると空中に飛び込む。空から投げたクナイで地上の隠を突き刺していく。地上に着地するとともに、矢のような速さでクナイを拾い上げていき、周りの隠に向かって再び投げつける。清姫の後方から迫る隠を繁星の樹木が遺漏なく攻めたてた。

 繁星と清姫が激闘を繰り広げる後ろでは、民間人が一か所に固まり震え上がっていた。それを守るように晶馬が前線に立つ。自分も加勢したい気持ちと、今そこを離れるわけにはいかないもどかしさが晶馬を苦しめる。
「繁星! 僕が隠を祓うから、彼らを避難させて」
 樹木を縫って襲い掛かる隠を繁星が打撃で払うと、晶馬の方へ振り向く。
「適材適所。ヒトを守るには晶馬が一番適している。いや、晶馬だからこそ確実に守れるだろ」
「でも僕は――」
 隠儺師を守るって決めて今日までやってきた。ヒトを守ることが大事だと頭では分かっていても気持ちが許してくれなかった。

「晶馬の考えは分かっている。迷いが一番危険だと晶馬が一番知っているはずだ。臨機応変。私たちがやられないと約束すれば安心だろ」
 話している間にも隠が溢れだす。今逃げなければ手遅れになることは明白だった。
 民間人を背に守り、じりっと後ずさりをする。晶馬の目にはまだ迷いが残っていた。
「晶馬や、腹を決めい。私らは絶対にやられたりはせん」
 清姫が優しく諭すように晶馬に語り掛ける。しかしその後ろからも次々と隠の手が迫ってきていた。
 地面が割れる音が轟くと、繁星と晶馬の間に樹木の壁がそびえ立った。繁星の柔らかい笑顔が壁の向こう側へと消えていく。繁星の作った壁が時間稼ぎであることは晶馬にも分かった。

 晶馬が後ろを振り返ると、不安に押しつぶされそうな顔をした十数人もの顔があった。それらは晶馬を唯一の助けと見つめている。
「僕はバカか」
 民間人に紛れていた子供を抱き上げる。
「今度は絶対に守るからね」
 怯えた目は答えることがなかったが、晶馬は歩き出す。
「みなさん、もう少し頑張って。出来るだけここから離れます。僕が守りますから、安心して、気を強く持って」
 数人がやっとのことで頷くのを確認し、晶馬がゆっくり駆け出した。
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