戦 六

文字数 1,950文字

 空を()ける泰時と九朗の目に繁星の姿が確認できた。泰時の召喚した白虎が地に降りたつと、繁星たちの周辺の隠を一気に蹴散らす。
「凄まじいな。トキ、助かった」
 白虎とともに現れた泰時に声を掛ける。
「繁星さん! 清姫寮長もご無事で!」
 清姫が地を蹴り(ひるがえ)り、周りの隠を一気に祓うと妖艶に笑って振り向いた。
「久しいのう。この短期間で男前が増したな、泰時」
「ああ、本当に。九朗も大丈夫そうか?」
「うん、まだいける。それより晶馬は?」
 九朗が辺りを見渡す。そういえばと、泰時も晶馬の姿を探した。
「晶馬は民間人を出来るだけ遠くへ避難させている。ここからは私たちが隠を通さないから大丈夫だ」
「そうでしたか。それでも隠が止め処無く溢れてくる。法陣を急がないと」
「分かった。頼んだ、トキ」
 京都の街から山と水域を南北に分かつ山陽道と山陰道に向けて泰時が手印を組む。泰時が(ことば)を唱えると地上から空へと白虎が駆け上がる。境内に白虎が放たれると白く輝く光の柱が上がる。皆が希望の光に表情を明るくしたのとは反対に泰時の表情が曇り引きつる

 息を浅くし、気付かれぬようあえぐ泰時に繁星が気付いた。突然繁星が泰時に抱きつき背中に優しく手を回す。驚く泰時を余所に繁星が咒力を込める。
「私にはこれしか出来ないからな」
 繁星の熱を感じる辺りから体の重苦しさが抜けていく。代わりに生気が満ちていくのが分かった。繁星が離れると軽くなった体で腕を回す。
「ありがとうございます、繁星さん。本当、繁星さんの治癒力はすごいな」
「大したことじゃない。あと少しだ。お互いに頑張ろう」
 繁星が次は九朗に向けて手を広げる。九朗はかなり気まずそうにしていたが、繁星に無理やり抱きつかれ観念していた。
 少し咒力が回復し、軽くなった体で再び九朗と泰時が飛び立つ。
「繁星さん、もう少しお願いします! 清姫寮長も。次は俺が仙台に遊びに行きますから」
 叫ぶ泰時を背負い九朗が飛び立つ。次に向かうは東の鴨川。比叡山にも近いその場所はさらに苦闘を強いられる場所となっていた。


 繁星と清姫が泰時たちを見送る。二本目の柱に法師たちの間にも安堵の空気が流れる。安心したのも束の間、繁星たちの前に黒い煙の塊が何個も浮遊し現れた。突如として姿を見せた黒塊(こっかい)がいきなり法師たちを襲う。
「無形の怨霊か?」
 繁星が用心し気を張りながら辺りの様子を伺う。視界の隅に屋根上に身を潜める人影を見つけた。繁星がすぐさま手印を組むと人影のいる地下から木の根が突き上がった。影は器用に飛び上がり根を避けるように宙を舞う。
「おっと、隠儺師がおったか」
 人影はフードを深くかぶり顔は見えない。
「お前、太夫衆(たゆしゅう)の者か!」
「せや、ちとこれ以上邪魔されたら困るでな。相手しにきたわ」
 黒い塊が法師たちの体に吸い込まれていく。
「ほう、法師に取り憑かせる気か。お前さん清與が奈良で遭遇した奴やなあ」
 清姫が太夫衆の男に向かい構える。男が不敵な笑みを見せた。

 しかし法師に吸い込まれた怨霊が一斉に体から吐き出され、空の上へと逃げ消えていく。予想外の光景に男が不可解な顔をし焦る。
「残念だったな! あなたの咒法は右鶴(うず)が対策済みだ」
 奈良の一件の後、今回太夫衆が関係していると疑念を抱いた土岐田が右鶴と清與に頼み、媒体から怨霊を引きはがす護符を作らせていた。大蛇覚醒の前に隠儺師と法師にそれが配られ、一同がそれを身に着けていた。
「事前に咒法を開示したのが仇となったな」
 繁星の言葉に男が舌打ちをする。
「隠でヒトを襲わせるなど、

よのお!」

 清姫が地を蹴り飛躍し、男に接近するとクナイを突き立てる。男が顔の前で清姫の腕を掴み制止する。男と清姫が顔を突き合わせる。男が唾を吐きかけながら叫んだ。
「お前らに何が分かる! 咒法を使い正義と偽り、他人を踏み台にのしあがっただけの偽善者どもが!」
 清姫がくっと睨む。
「黙れわっぱ! 皆が持つ信念を貶すならば私が許さん」
 清姫が掴まれた手を振りほどきクナイを持つ手を振り回し男に迫る。男が素早く躱し隙を見て清姫に拳を撃ち込む。それを今度は清姫が腕で受けて制止した。
「じゃあさっきの言葉も取り消せや‼」
「――?」
 クナイを持つ清姫の手を足蹴りにして払うと、男は屋根を伝い距離をとる。
「信念? 笑わせてんじゃねえよ。そんなもん俺らにだってあるんだよ」
 悔しく泣きそうに顔を赤らめた太夫衆の男が零す。それは誰にも聞こえないほどの声だった。
 逃げ出した男を繁星が追おうとすると清姫が叫び抑制した。
「繁星、追わんでよろし。今は隠が私たちの敵よの」
 悔しそうに口を尖らせたが、しぶしぶ繁星がその場にとどまった。
「何だあいつは……

とは何だ?」
 繁星が男が逃げていった先を見つめていた。
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