第18話 【帰還】
文字数 3,561文字
長いタイトルを付けたいが‥‥、取り敢えずは【帰還】
高校二年、十七歳の夏休みは、ひと夏の経験としてみれば一生に一度あるかないかの大事件だった。二学期の始業式に間に合ったが、学校内でコーコは、ネットに上がったミイラ女として有名人になっていた。
「コーコ、芸能界にデビュするって噂があるよ。」
マチコが揶揄った。始業式で表彰されるというおまけまでついていた。コーコは、溜息を隠しながら壇上に上がった。
教室でコーコを待っていたのは、思いもかけない出来事だった。サトウ・トウコが転校生として現れた。終わらない夢の続きを見たようにコーコは固まった。
「二学期から転校生の、サトウ・トウコさん。みんな仲良く。自己紹介を。」
「サトウ・トウコであります。趣味は、格闘技全般であります。よろしくお願いします。」
トウコの威圧感に教室のざわつきが一瞬消えた。
「一番後ろの窓際の席に。」
トウコは、コーコに一礼して後ろの席に着いた。コーコは、まだ呆然としていた。
休憩時間にコーコは、トウコに目配せをして校舎の屋上に誘導した。
「トウコさん。どうして。」
「任務であります。」
「もしかして、わたしの警護。」
「そうです。」
「バイト、終わったと思ったけど。」
「理由は聞かされておりませんが、私は与えられた任務を遂行するまでです。」
コーコは、色々と思い考えてしまった。
「トウコさん、二十歳でしたよね。」
「そうです。何とか高校生に似せています。童顔なので大丈夫かと。」
「いやいや、書類上とか。」
「問題ありません。全てクリアーです。」
確かに見た目は、高校二年生だった。唯、スカートの丈が少し短いように思えた。それに、死滅した白いルーズソックスをはいていた。母親世代のファッションだった。後日聞くと、恐山に行った時、私服のアドバイスを受けた上官の意見を取り入れていた。コーコは、思った。
『今風の高校生はしないよね。』
上官の命令に従う真面目なトウコを、謎の上官はどの様な思惑でアドバイスしているのか考えると溜息が出た。
「‥‥一生会いたくない男ね。」
コーコは、独り呟いた。
そこにサチコが捜しに現れた。
「やっと見つけた。‥‥えっ、二人は知り合い。」
「あっ、えっと。」
コーコは、咄嗟に理由が探せなかった。トウコが、機転を利かせた。
「夏のバイトで知り合いました。」
「‥‥そうそう。バイト仲間、偶然よね。転校してくるなんて。」
「そうなんだ。わたし、保育園からの幼馴染。サチコ、よろしく。」
「トウコです。よろしくお願いします。」
二人は、直ぐに仲良くなった。
熱帯低気圧の去った後、孤島での事態は急展開していた。理由を聞かされないまま、孤島の自警団は【紀伊】に収容され撤収した。その慌ただしい中、コーコの夏のバイトは、終わったのだった。
帰り道、トウコは当然のようにコーコに付き従った。バイト中の記憶が甦りコーコは、内心苦笑した。それでも、夏のバイトが続いているようで楽しかった。
「家まで護衛してくれるのですか。」
「勿論であります。」
「どこに部屋を借りているのですか。」
「コーコさんのご自宅の真上の部屋です。」
「ええっ‥‥。」
コーコは、その部屋の住人を知っていた。子供が独立した初老の夫婦が住んでいた。
「えっ、トウコさん。親戚だったの。」
「いえ、諸事情で借り受けました。」
「はぁ‥‥、そうよね。」
コーコは、早合点に照れ笑った。その後、階上の新たな家族構成を知って、コーコは暫く言葉もなかった。リツコ一尉が姉の役でトウコが妹だった。
「姉妹として配置されます。」
その夜、二人は、菓子折りを持って挨拶に訪れた。
「元の住人のご夫妻とは、遠縁の知り合いの隣に住む者になりります。」
リツコの礼儀正しさから伝わるの説明にコーコは思った。
『‥‥それって、まったくの赤の他人でしょう。』
母は、以前に会社を訪れたリツコを覚えていた。
「以前に来て頂いた方ですね。」
「その節は、何かとご無理を申し上げました。」
リツコは、相変わらず堅苦しかった。
「諸事情で今後とも、弊社でお嬢様にバイトをお願いいたしたく考えております。」
「こんな娘ですが、宜しく。」
母は、鷹揚に受け応えた。コーコは、話の展開に驚き思わず声に出していた。
「えっ、まだバイト続きますか。」
コーコは、秘匿義務からバイトの内容を話せていなかった。コーコは思った。バイトの内容を知ったところで驚き慌てる母でもないだろうと。
「コーコさんは、優秀です。わが社には、なくてはならない逸材です。」
コーコの待遇は、予想以上に格段に好くなった。研究所迄は車の送り迎えがあり、リツコの知り合いの若い女性が家庭教師として毎日派遣された。
「コーコさんは、防大に行って頂きます。」
「はぁ‥‥、ええっ。」
コーコは、驚き呻いた。
「偏差値高いでしょう。たぶん、無理です。」
「必ず、合格させます。」
「わたしの希望は、無視なのね。」
コーコは、敷かれたレールに乗せられたようで少し嫌だった。だが、将来の職業の希望も見いだせていなかったコーコは、半ば受け入れていた。それまでは、漠然とながら入れる大学に進んで一般事務の社会人になるだろうと、考えていたのだ。
『‥‥まぁ、いいか。防大出て自衛隊って公務員だし。』
研究所でコーコは、歓迎された。戦友のように温かく迎え入れてくれるドクター達にコーコは、諦めにも似た溜息を零し納得した。
「‥‥戦友よね。あれではね。」
コーコの研究所での日課は、学校帰りに直接送迎の車で研究所に行ってシミュレータの訓練だった。その後、戻るとリツコ姉妹の部屋で家庭教師が待っていた。土曜日は、バイトと家庭教師の勉強で、日曜日だけが自由だった。四六時中トウコが護衛に着いていた。
「日曜日、どっかいこうよ。」
サチコも誘って三人で出掛けた。トウコの恐山の時と同じファッションは、不思議に街中で馴染んでいた。
若者でにぎわう通りで、見覚えのある顔を目にしてコーコは、唖然となった。トウコは、身構えていた。恐山で会ったトウマだった。向こうから声がかかった。
「やぁ、久しぶり。」
「‥‥えっ、こっちで就活ですか。」
「都会の方が、就職口があるからね。どう、スィーツでもご馳走するよ。」
その頃のトウコは、その若者の身分所属を知らされていなかった。あからさまに警戒して嫌悪していた。
「どこで知り合ったのよ。いい男じゃない。何者、歳は幾つ。」
サチコは、矢継ぎ早に質問を投げかけた。コーコは、取り敢えず適当な理由をつけた。
「バイト先で、ちょっとね。」
「まさか、カレシ。」
「タイプじゃないから。」
「良い男じゃん。でも、トウコって、なんかピリピリしてるけど。」
「トウコ、こういう男は嫌いだから。」
「そうなの。もったいない。」
コーコは、気付いた。サチコのドストライクの男性なのに。
「連絡先、交換したい。」
「ご自由に。」
その後、トウマの奢りで話題の店に並んだ。
コーコは、孤島で出逢った運命と信じる意中のシローとの再会を夢見ていた。孤島からの撤退は慌ただしく別れの挨拶も出来ていなかった。コーコは、密かに野望を抱いていた。大学に押しかけようかと。コーコ自身、これ程も積極的になれる自分に感心していた。
「絶対、運命よ。でも、女ストーカーは拙いし。」
コーコは、色々と考えていた。
「先ずは、偶然を装って大学訪問ね。」
戦略を練っていた。
「それから、彼女いないかも確かめないと。」
あれこれ考えると楽しくなった。夏の激務のバイトの後だけに解放感から心も踊っていた。
「予算は、充分だし。」
コーコの通帳には、バイト料として考えられない額が振り込まれていた。バイト先での衣食住は配給だったし使うこともなかったから目減りしていなかった。
「もう、バイトの必要。しばらくいらないけどな。」
半ば強引にバイトを続けさされていたが、コーコ自身は嫌でなかった。人間関係が楽しかったし、何よりも最初は鳥肌が立つG二十八号も、ひと夏を共に戦って愛着のような感情を持っていた。コーコは、母や妹よりも情に深いと自負していた。
「あんな美人で薄情な母妹とは違うのよ。わたしは、お父さんの娘だもの。」
コーコは、そう思って亡き父を忍んだ。
しかし、その頃、コーコの知らないところで事態は急変しつつあった。
高校二年、十七歳の夏休みは、ひと夏の経験としてみれば一生に一度あるかないかの大事件だった。二学期の始業式に間に合ったが、学校内でコーコは、ネットに上がったミイラ女として有名人になっていた。
「コーコ、芸能界にデビュするって噂があるよ。」
マチコが揶揄った。始業式で表彰されるというおまけまでついていた。コーコは、溜息を隠しながら壇上に上がった。
教室でコーコを待っていたのは、思いもかけない出来事だった。サトウ・トウコが転校生として現れた。終わらない夢の続きを見たようにコーコは固まった。
「二学期から転校生の、サトウ・トウコさん。みんな仲良く。自己紹介を。」
「サトウ・トウコであります。趣味は、格闘技全般であります。よろしくお願いします。」
トウコの威圧感に教室のざわつきが一瞬消えた。
「一番後ろの窓際の席に。」
トウコは、コーコに一礼して後ろの席に着いた。コーコは、まだ呆然としていた。
休憩時間にコーコは、トウコに目配せをして校舎の屋上に誘導した。
「トウコさん。どうして。」
「任務であります。」
「もしかして、わたしの警護。」
「そうです。」
「バイト、終わったと思ったけど。」
「理由は聞かされておりませんが、私は与えられた任務を遂行するまでです。」
コーコは、色々と思い考えてしまった。
「トウコさん、二十歳でしたよね。」
「そうです。何とか高校生に似せています。童顔なので大丈夫かと。」
「いやいや、書類上とか。」
「問題ありません。全てクリアーです。」
確かに見た目は、高校二年生だった。唯、スカートの丈が少し短いように思えた。それに、死滅した白いルーズソックスをはいていた。母親世代のファッションだった。後日聞くと、恐山に行った時、私服のアドバイスを受けた上官の意見を取り入れていた。コーコは、思った。
『今風の高校生はしないよね。』
上官の命令に従う真面目なトウコを、謎の上官はどの様な思惑でアドバイスしているのか考えると溜息が出た。
「‥‥一生会いたくない男ね。」
コーコは、独り呟いた。
そこにサチコが捜しに現れた。
「やっと見つけた。‥‥えっ、二人は知り合い。」
「あっ、えっと。」
コーコは、咄嗟に理由が探せなかった。トウコが、機転を利かせた。
「夏のバイトで知り合いました。」
「‥‥そうそう。バイト仲間、偶然よね。転校してくるなんて。」
「そうなんだ。わたし、保育園からの幼馴染。サチコ、よろしく。」
「トウコです。よろしくお願いします。」
二人は、直ぐに仲良くなった。
熱帯低気圧の去った後、孤島での事態は急展開していた。理由を聞かされないまま、孤島の自警団は【紀伊】に収容され撤収した。その慌ただしい中、コーコの夏のバイトは、終わったのだった。
帰り道、トウコは当然のようにコーコに付き従った。バイト中の記憶が甦りコーコは、内心苦笑した。それでも、夏のバイトが続いているようで楽しかった。
「家まで護衛してくれるのですか。」
「勿論であります。」
「どこに部屋を借りているのですか。」
「コーコさんのご自宅の真上の部屋です。」
「ええっ‥‥。」
コーコは、その部屋の住人を知っていた。子供が独立した初老の夫婦が住んでいた。
「えっ、トウコさん。親戚だったの。」
「いえ、諸事情で借り受けました。」
「はぁ‥‥、そうよね。」
コーコは、早合点に照れ笑った。その後、階上の新たな家族構成を知って、コーコは暫く言葉もなかった。リツコ一尉が姉の役でトウコが妹だった。
「姉妹として配置されます。」
その夜、二人は、菓子折りを持って挨拶に訪れた。
「元の住人のご夫妻とは、遠縁の知り合いの隣に住む者になりります。」
リツコの礼儀正しさから伝わるの説明にコーコは思った。
『‥‥それって、まったくの赤の他人でしょう。』
母は、以前に会社を訪れたリツコを覚えていた。
「以前に来て頂いた方ですね。」
「その節は、何かとご無理を申し上げました。」
リツコは、相変わらず堅苦しかった。
「諸事情で今後とも、弊社でお嬢様にバイトをお願いいたしたく考えております。」
「こんな娘ですが、宜しく。」
母は、鷹揚に受け応えた。コーコは、話の展開に驚き思わず声に出していた。
「えっ、まだバイト続きますか。」
コーコは、秘匿義務からバイトの内容を話せていなかった。コーコは思った。バイトの内容を知ったところで驚き慌てる母でもないだろうと。
「コーコさんは、優秀です。わが社には、なくてはならない逸材です。」
コーコの待遇は、予想以上に格段に好くなった。研究所迄は車の送り迎えがあり、リツコの知り合いの若い女性が家庭教師として毎日派遣された。
「コーコさんは、防大に行って頂きます。」
「はぁ‥‥、ええっ。」
コーコは、驚き呻いた。
「偏差値高いでしょう。たぶん、無理です。」
「必ず、合格させます。」
「わたしの希望は、無視なのね。」
コーコは、敷かれたレールに乗せられたようで少し嫌だった。だが、将来の職業の希望も見いだせていなかったコーコは、半ば受け入れていた。それまでは、漠然とながら入れる大学に進んで一般事務の社会人になるだろうと、考えていたのだ。
『‥‥まぁ、いいか。防大出て自衛隊って公務員だし。』
研究所でコーコは、歓迎された。戦友のように温かく迎え入れてくれるドクター達にコーコは、諦めにも似た溜息を零し納得した。
「‥‥戦友よね。あれではね。」
コーコの研究所での日課は、学校帰りに直接送迎の車で研究所に行ってシミュレータの訓練だった。その後、戻るとリツコ姉妹の部屋で家庭教師が待っていた。土曜日は、バイトと家庭教師の勉強で、日曜日だけが自由だった。四六時中トウコが護衛に着いていた。
「日曜日、どっかいこうよ。」
サチコも誘って三人で出掛けた。トウコの恐山の時と同じファッションは、不思議に街中で馴染んでいた。
若者でにぎわう通りで、見覚えのある顔を目にしてコーコは、唖然となった。トウコは、身構えていた。恐山で会ったトウマだった。向こうから声がかかった。
「やぁ、久しぶり。」
「‥‥えっ、こっちで就活ですか。」
「都会の方が、就職口があるからね。どう、スィーツでもご馳走するよ。」
その頃のトウコは、その若者の身分所属を知らされていなかった。あからさまに警戒して嫌悪していた。
「どこで知り合ったのよ。いい男じゃない。何者、歳は幾つ。」
サチコは、矢継ぎ早に質問を投げかけた。コーコは、取り敢えず適当な理由をつけた。
「バイト先で、ちょっとね。」
「まさか、カレシ。」
「タイプじゃないから。」
「良い男じゃん。でも、トウコって、なんかピリピリしてるけど。」
「トウコ、こういう男は嫌いだから。」
「そうなの。もったいない。」
コーコは、気付いた。サチコのドストライクの男性なのに。
「連絡先、交換したい。」
「ご自由に。」
その後、トウマの奢りで話題の店に並んだ。
コーコは、孤島で出逢った運命と信じる意中のシローとの再会を夢見ていた。孤島からの撤退は慌ただしく別れの挨拶も出来ていなかった。コーコは、密かに野望を抱いていた。大学に押しかけようかと。コーコ自身、これ程も積極的になれる自分に感心していた。
「絶対、運命よ。でも、女ストーカーは拙いし。」
コーコは、色々と考えていた。
「先ずは、偶然を装って大学訪問ね。」
戦略を練っていた。
「それから、彼女いないかも確かめないと。」
あれこれ考えると楽しくなった。夏の激務のバイトの後だけに解放感から心も踊っていた。
「予算は、充分だし。」
コーコの通帳には、バイト料として考えられない額が振り込まれていた。バイト先での衣食住は配給だったし使うこともなかったから目減りしていなかった。
「もう、バイトの必要。しばらくいらないけどな。」
半ば強引にバイトを続けさされていたが、コーコ自身は嫌でなかった。人間関係が楽しかったし、何よりも最初は鳥肌が立つG二十八号も、ひと夏を共に戦って愛着のような感情を持っていた。コーコは、母や妹よりも情に深いと自負していた。
「あんな美人で薄情な母妹とは違うのよ。わたしは、お父さんの娘だもの。」
コーコは、そう思って亡き父を忍んだ。
しかし、その頃、コーコの知らないところで事態は急変しつつあった。