第5話 【兆候】

文字数 3,500文字

長いタイトルを付けたいが‥‥、取り敢えずは【兆候】

 翌日も全敗。そして、次の日。偶然に振り上げた右手が甲冑を切り裂いていた。
 「‥‥えっ、嘘っ。」
 一番驚き戸惑ったのが、コーコ本人だった。
 「勝ちました‥‥、か。」
 「よくやった。嬢ちゃん。」
 ドクター達も歓喜の声を上げて褒め称えた。そこで初めてコーコは、G二十八号のパワーに気付いた。レベル1の相手では、軽く当てるだけでも一撃必中の効果があることを。
 「知らなかったよ。」
 コーコは、安堵し溜息混じりに呟いた。
 「パワーがあるなら、早く言って下さいよ。」
 それからは、全戦全勝。その日の内に勝率を五割に戻していた。コーコは、胸を反らした。
 「なんか、こう。コツが掴めました。」
 「いやいや。嬢ちゃんの動きには無駄がない。」
 ドクター達も口々に賞賛した。
 「達人のようだ。」
 「我々の目が間違っていないのは、証明された。」
 コーコは、分かっていなかった。動きは、相撲で言うところの突き押しに似ていた。冷静な人が客観的にみれば、直線的でシンプルで展開の利かない動きだった。
 「よし。明日からは、レベル2にするか。」
 「任せて下さい。」
 コーコは、意気揚々と受け応えた。
 「なんか、負ける気がしません。ふっふふふ‥‥。」

 気分よく帰路についた。自分のご褒美に評判のスィーツ店に立ち寄った。母と妹の分も買う余裕と寛容さがあった。
 夕食の後、デザートを前に母と妹が同じ仕草で顔を見合わせた。
 「心配した方がいいの。」
 「たぶん。」
 母と妹が、勝手なことを言いながらもデザートを遠慮しなかった。
 「お姉ちゃんが機嫌がいい時は、ヤバいよ。」
 「そうね。」
 「何を勝手なことを言っているのよ。」
 コーコは、厚意が伝わらないもどかしさに言った。
 「二人共、私の気持ちを褒めてよ。」
 「はぁ‥‥。」
 「えっ‥‥。」
 母が半ば呆れて尋ねた。
 「それより、バイト代を貯めてどうするの。」
 「そうね。未だ考えていないけど。」
 コーコは、そう尋ねられて改めて預金残高を思い浮かべた。家庭の方針で高校生になってから小遣いは、自分のバイトで賄うように決められていた。元々が浪費癖もなく結構なお金が溜まっていた。
 「ホスト通いなんかしないでよ。」
 「しません。」
 コーコは、白馬に乗った王子様が現れるのを夢見て信じていた。

 翌日は、レベル2に瞬殺された。
 「どうしてっ‥‥。」
 コーコは、呻いた。G二十八号の動きは、相も変わらず直線的だった。相手が少しでも左右に移動すると、攻撃の動線がずれて当たらなかった。それでも、真面目なコーコは、必死に攻撃を仕掛けた。単発でなく連続して動き攻撃する手段も覚えていた。その姿には、悲壮感も漂ってるのだった。G二十八号は、元々が防御の強さが際立っていた。体勢さえ崩さなければ低レベルの相手に負けなかった。
 「ドクター、何か武器はないのですか。」
 コーコは、汗だくになり喘ぎ息を切らして尋ねた。
 「剣とか、ビームとかは。」
 「G二十八号の手では、剣は握れんだろう。」
 そう説明を受けてコーコは、改めて爬虫類の手の構造を思い出した。意気消沈して心の中で呟き呪った。
 『‥‥納得ね。こんな形にするなんて。バカ。』
 「それにだ。ビーム兵器なんか、空想科学の産物だ。まだまだ実用は、先だろうな。」
 コーコの落胆に追い打ちを掛けるドクター達の説明にコーコは、苛立った声を張り上げた。
 「分かりました。じゃ、ミサイルかロケットは内蔵されていないのですか。腕が飛ぶとか。」
 「いや、全然。丸腰。」
 「‥‥もぅ、いいです。」

 その日の戦績。六敗、一放棄。
 結局は、レベル2をクリアするのに二日間掛かった。捨て身の体当たりからの逆転勝利という泥臭い戦いだった。
 帰りのコーコは、疲れ憂鬱だった。待ち合わせに現れたマチコは、久々にみるコーコの窶れように驚き言葉を失った。
 「あっはははは‥‥、ダイエット中なもので。」
 コーコの空元気にマチコが、息を呑んだ。
 「ヤバい。バイトなの。」
 「いゃいゃ。慣れない仕事だから。」
 「ブラックね。どんなことしてるの。」
 「オペレーター。」
 「もしかして、オレオレ詐欺。」
 「ふぅ、‥‥そのほうが楽かも。(ゴメンナサイ。)」
 「何よ。何のバイト。」
 マチコに問い質されても誤魔化した。コーコは、溜息混じりに言った。
 「今年は、海に行けないかも。」
 「ええっ、何故よ。」
 「行きたいよぅ。でも‥‥、たぶん。」
 「だから、どうして。」
 わらび餅アイスをお代わりしながら話が尽きなかった。

 その頃になると、コーコは尾行されているような違和感を覚えるようになっていた。鋭い直感も霊感も持ち合わせていないコーコでも感じるものがあった。母にそのことを相談すると、疑わしそうな視線がかえってきた。
 「サイコなら信じるけれど。本当なの。」
 「それが可愛く大事な娘に対してのお言葉ですか。」
 「可愛いは兎も角も。貴女も大切な娘よ。もしかして、一目惚れとかされた。」
 「ないない。今までも無いし。」
 「ストーカーかしら。」
 「‥‥こわい。」
 「そう、心配なら変装してみる。」
 「何でそうなるかな。」
 コーコは、打ち明けた相手を間違えていたことに気付いた。
 「或る日、突然、行方不明になったら。化けて出てやるから。」
 「短絡ね。サイコに聞いてみなさい。対処法を心得ているから。」
 「そうでした。」
 妹に相談すると、即座に言った。
 「‥‥何も、憑いていないよ。でも、気になるならお祓いしてあげるけど。」
 「間に合ってます。」
 この母娘は、絶対に真面な死に方はしないだろう、とコーコは溜息を零して思った。
 『私に近付いてくるのは、人じゃなくて物の怪か。』

 レベル3での模擬戦闘は、三回に一回の割で勝利する力が付いていた。横綱稽古のように来るのを待って受け止め反撃した。コーコの動かすG二十八号は、風格さえ醸し出すようになっていた。少しばかり余裕が生まれコーコなりに楽しめるようになっていた。
 「‥‥戦いは、苦手だけど。災害救助なんかできるかも。」
 その日、午後の訓練が終わり更衣室に向かう途中で見かけない長身の若い男とすれ違った。北欧系の血が混じっているような彫の深い美男子に思わず振り返った。三十歳を過ぎているように見えたが、研究所の高齢の男性ばかり目にしているコーコには、新鮮だった。コーコの年齢からは、オジサンの部類でも見た目に若々しく色気があった。
 『‥‥うわぁ、イケメン。』
 コーコはそう感心しながら、数日前にリツコと立ち話をしていた人物と同一なのを思い出した。
 「リツコさんの知り合いかな。彼氏だったりして。」
 家に帰ってからも頭の片隅に男性の姿が残っていた。
 「‥‥何者かな。」
 コーコは、同世代の異性よりも少しばかり年上の男性に魅力を覚えた。幼い頃に父親を亡くしていたからだろうか。父親の面影に重ねて男性を見てしまうところがあった。コーコは、少しばかりファザコンなのに自分で気付いていなかった。
 翌日、リツコに会うと真っ先に尋ねた。
 「あのぅ、昨日訓練の後で若い男性を観かけたのですが。」
 「あぁ、彼ね。本社の人。」
 「もしかして、リツコさんの彼氏ですか。」
 「いいえ。」
 即座にリツコは、毅然と否定した。
 「私には、無理ね。」
 「‥‥無理?」
 リツコの言葉の真意が分かるには、もう少し大人にならなければならなかった。困惑しているコーコにリツコが憐れむように尋ねた。
 「もしかして、タイプなの。」
 「えっ、‥‥いやぁ、なんていうか。あまり見かけない美形だったので。」
 「そうね。見かけはね。」
 リツコは、珍しく迷っていた。
 「お茶ぐらいなら付き合ってくれるわよ。」
 「はぁ‥‥、」
 「でも、話がね。」
 「話?」
 「そぅ、面白くないの。長いし。」
 「‥‥はぁ、」
 「たぶん、バカね。」
 「えっ、‥‥上司でしょう。」
 「本当だから。」
 リツコと彼との間に何があったのか、邪推したくなるコーコだった。

 考えさせるリツコの言葉を引き摺りながらも、その日のコーコは、切れ切れだった。レベル3相手に四勝二敗一引き分けで乗り切った。
 「なんだか分からないけど、できてる。わたしは、出来る子よ。」
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