第10話 【休息】
文字数 3,660文字
長いタイトルを付けたいが‥‥、取り敢えずは【休息】
コーコは、野営用医務室に運び込まれた。幸いに外傷も内蔵の異常もなかった。それでも気持ちが塞ぎ込んでいた。何時もよりも立ち直りが長引いた。簡易ベッドの中でぼんやりと天幕を眺めながらコーコは、今までの続かないバイト経験を想い返していた。
『‥‥やっぱり、【壊し屋コーコ】ね。今度は、わたしが壊してしまった。』
付き添ってくれていたリツコに謝った。
「‥‥すみません。G二十八号を壊してしまいました。」
「貴女のミスではないわ。」
リツコは、優しく言った。
「貴女は、よく頑張っていた。」
「‥‥ゴメンなさい。わたしがもっと上手く動かしていれば‥‥。」
コーコは、涙を流した。リツコがコーコの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だから。」
「‥‥G二十八号は、直りますか。」
「ドクター達に任せて。彼らの仕事だから。」
「‥‥また、乗せてもらえますか。」
「勿論よ。G二十八号は、貴女の愛機でしょう。」
そのリツコの返事にコーコは、嬉しさから涙を流した。
リツコは、コーコが懲りて怖がらずにいるのに安心した。
「暫く、再調整と修理に時間が掛かるの、たぶん三日ばかり。それまでゆっくり休養してね。それから、後で、貴女の意見を聴かせてほしいの。」
操縦室の中での出来事は、細部に至るまで記録されていたが、コーコ本人の調書を取る必要があった。
「‥‥リツコさんは、忙しいんじゃないのですか。」
慮るコーコに、リツコは笑顔を向けた。
「心配しないで。」
リツコは、病室に一人の女性隊員を呼び入れた。
「サトウ、入ります。」
二十歳前後の若い隊員は、リツコに敬礼した。
「私が信頼している部下。貴女の世話をさせます。遠慮なく使ってね。」
「サトウ・トウコであります。」
「‥‥コーコです。よろしくお願いします。」
トウコが、隊員らしく頭を下げ返礼した。
「歳が近いから。話も合うでしょう。何か必要なものがあれば遠慮なくサトウに言って。」
リツコは、言った。
「スマホの用意はできていたか。」
命令にトウコが差し出した。無骨なスマホの裏に陸自のマークが刻印されていた。
「世界で最も頑丈な備品です。貴女のデータは移植しているから自由に使って。G二十八号ともリンクさせているから。」
「‥‥はぁ、有難う御座います。
トウコは、二十歳だった。律儀な様子がリツコに似ていた。コーコだけ知らされていなかったが、コーコは、三尉待遇だった。
その頃、ドクター達は頭を悩ませていた。工場長を陣頭に整備班は、修理に追われていた。外装に目立つ損傷はなかったが、強制的に電源を落としたために内部の電子機器が損壊していた。最も問題なのが外部から操作を乗っ取られたサイバー攻撃の対処だった。ドクター達の意見は、錯綜していた。
「このシステムを外した方がいいのか。」
「否、これを外すのに姫は、認めてくれんだろう。」
「それにしても、嬢ちゃんの感情があそこ迄リンクするとは考えなかった。収穫だ。」
「それより、外部からの乗っ取りの方が深刻だろう。」
「富岳の後退の様子から見ても、向こうが仕掛けたものじゃなさそうだ。」
「それなら、どこからだ。」
「解析中だが、これが解決しない限り遠隔操作で再起動は出来ない。」
「安い外国部品を使ったからかな。」
「次もハッキングされたらお手上げた。考えただけでも頭が痛い。」
リツコは、静かに口を挟んだ。
「もう一度、模擬戦のチャンスを貰えました。三日後の一六・〇〇時です。」
夕刻には、検査の後に退院できた。リツコが顔を覗かせて言った。
「G二十八号の修理が今日を入れて三日かかります。それまで自由行動。」
「‥‥はぃ、」
「どっかに出掛けなさい。気分転換になるわ。この近くの食べ物美味しいわよ。」
「‥‥大阪名物の、たこ焼き食べたいと思っていました。」
コーコは、少し気分も晴れていた。
「外泊って、大丈夫ですか。」
「大阪?、外泊?。」
「はい。」
「一泊なら大丈夫だけど、遠いわよ。」
「はぁ、ナビで調べましたが、列車で行けるようです。」
「行けなくも無いけど、遠いわよ。」
そう言う怪訝そうなリツコに、コーコは確かめた。
「‥‥鳥取ですよね。ここって。」
「青森。」
「ええっ‥‥、」
「大阪に行きたいなら、輸送機の便があるから手配できるけど。」
「いぇ、‥‥ごめんなさい。」
コーコは、鳥取砂丘とばかり思い込んでいた。
結局は、恐山に出掛けることになった。私服姿でトウコも同行した。幼顔のトウコは、同級生のようにも見えた。しかし、身のこなしと口調が普通の一般女子に見えなかった。トウコの黒いキャミソールと短いスカートが変だった。
「トウコさん、こう言ったら失礼なんですが、凄い服ですね。」
「上官からご指導頂きました。宜しいでしょうか。」
「今時は、ないと思います。」
一昔前のファッションだった。上官の年代と嗜好が窺えた。
「任務遂行には、少々動きにくいのですが、問題ありません。」
コーコは、服よりも腰の銃フォルダーが気になった。
「そのモデルガンも、ファッション的にどうかと。」
「実物です。」
「えっ‥‥、それって、ダメでしょう。」
「許可とっています。」
「いゃいゃ、それは。ないでしょう。」
列車を待つ駅で連絡を入れた。仕事中の母に繫がらなかった。サイコは、買い物の出先だった。
「今、どこだと思う。」
「‥‥北の方。」
サイコの直感は、相変わらず鋭かった。コーコは、溜息を隠して思った。
『これだから、霊感の強いのは困るんだ。』
「恐山よ。」
「そぅ‥‥。」
サイコは、驚きもしなかった。
「口寄せなら。わたしがしてあげるのに。」
「もぅ、驚きなさいよ。面白くない。」
「お姉ちゃんの、その様子に驚いたわ。」
「お土産は、なにかいる。」
「要らない。変な霊なんか連れてこないでよ。」
田舎の路線からの風景を眺めながらコーコは、結構楽しめた。
終点の駅前で、若者に車から声を掛けられた。
「お嬢さんたち、乗って行かない。」
化石のようなナンパにコーコは呆れトウコが睨んだ。
「大丈夫。何もしないよ。何処に行くの、送るよ。」
『軽っ‥‥。そういえば、何もしないっていう人が一番危険でしたか。でも、美男子ね。』
最近週刊誌で話題の芸能人にどこか似ていた。
トウコが囁いた。
「危険になれば、発砲する許可を貰っています。」
「いゃ、それって駄目でしょう。」
「ご命令とあれば、控えます。」
「撃たないでね。」
ふと、コーコは思いだした。自分に監視が付いてることを。
『そういえば、ボディガードいると言ってたわね。なら、大丈夫か。』
コーコは、そう思い周りを見回した。それらしき姿は見当たらなかった。
「‥‥まぁ、いいっか。せっかくだから送ってもらいましょう。」
「了解であります。」
トウコは、運転席の隣に座った。男は驚き笑った。コーコは、後部座席に乗り込んだ。
「僕は、トウマ。これでも、就活中。お嬢さんたち、大学生。旅行。東京から。」
「前を向いて安全運転を。トンマくん。」
「トウマだよ。なんか殺気感じるけど。」
「本気の殺気です。」
「面白い子だね。」
「少し気が短そうです。」
コーコは、苦笑しながら名乗った。
「わたしは、コーコ。彼女はトウコ。」
「二人とも、良い名前だね。」
「はぁ、どこが。親に付けて頂いた有難い名前です。」
トウコは、今にも拳銃を抜きそうだった。
「貴様ごときに、とやかく言われたくない。」
車中で話は噛み合わなかったが、車の移動は、快適だった。
「どっかでお茶していこうよ。美味しいスィーツの店知ってるんだ。」
「はぁ、なんですか。女子が全て甘いもの好きと考えていますか。」
トウコは、陰険に返した。コーコが慌てて言った。
「まぁまぁ、乗せてもらっているのだし。穏便に。」
「了解であります。行きなさい。」
「えっ、」
途中に立ち寄った店は、予想外の幸せをもたらした。コーコは、もう一度訪れたいと思えるほどにその店の味と雰囲気が気に入った。トウコは、何故か珈琲だけだった。化粧室に入ると、トウコは、申し出た。
「具申します。私は、チャラチャラした男が嫌いであります。発砲の許可を。」
「いゃいゃ、落ち着いて。熊じゃないんだから。」
後日知ることになるが、トウコの家系は旧陸軍まで遡る五代続けての職業軍人だった。
恐山の賽の河原でコーコは、父を想いだした。
『‥‥お父さん。コトミコは、元気です。色々あるけれど、頑張れていると思う。護ってね。』
コーコは、野営用医務室に運び込まれた。幸いに外傷も内蔵の異常もなかった。それでも気持ちが塞ぎ込んでいた。何時もよりも立ち直りが長引いた。簡易ベッドの中でぼんやりと天幕を眺めながらコーコは、今までの続かないバイト経験を想い返していた。
『‥‥やっぱり、【壊し屋コーコ】ね。今度は、わたしが壊してしまった。』
付き添ってくれていたリツコに謝った。
「‥‥すみません。G二十八号を壊してしまいました。」
「貴女のミスではないわ。」
リツコは、優しく言った。
「貴女は、よく頑張っていた。」
「‥‥ゴメンなさい。わたしがもっと上手く動かしていれば‥‥。」
コーコは、涙を流した。リツコがコーコの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だから。」
「‥‥G二十八号は、直りますか。」
「ドクター達に任せて。彼らの仕事だから。」
「‥‥また、乗せてもらえますか。」
「勿論よ。G二十八号は、貴女の愛機でしょう。」
そのリツコの返事にコーコは、嬉しさから涙を流した。
リツコは、コーコが懲りて怖がらずにいるのに安心した。
「暫く、再調整と修理に時間が掛かるの、たぶん三日ばかり。それまでゆっくり休養してね。それから、後で、貴女の意見を聴かせてほしいの。」
操縦室の中での出来事は、細部に至るまで記録されていたが、コーコ本人の調書を取る必要があった。
「‥‥リツコさんは、忙しいんじゃないのですか。」
慮るコーコに、リツコは笑顔を向けた。
「心配しないで。」
リツコは、病室に一人の女性隊員を呼び入れた。
「サトウ、入ります。」
二十歳前後の若い隊員は、リツコに敬礼した。
「私が信頼している部下。貴女の世話をさせます。遠慮なく使ってね。」
「サトウ・トウコであります。」
「‥‥コーコです。よろしくお願いします。」
トウコが、隊員らしく頭を下げ返礼した。
「歳が近いから。話も合うでしょう。何か必要なものがあれば遠慮なくサトウに言って。」
リツコは、言った。
「スマホの用意はできていたか。」
命令にトウコが差し出した。無骨なスマホの裏に陸自のマークが刻印されていた。
「世界で最も頑丈な備品です。貴女のデータは移植しているから自由に使って。G二十八号ともリンクさせているから。」
「‥‥はぁ、有難う御座います。
トウコは、二十歳だった。律儀な様子がリツコに似ていた。コーコだけ知らされていなかったが、コーコは、三尉待遇だった。
その頃、ドクター達は頭を悩ませていた。工場長を陣頭に整備班は、修理に追われていた。外装に目立つ損傷はなかったが、強制的に電源を落としたために内部の電子機器が損壊していた。最も問題なのが外部から操作を乗っ取られたサイバー攻撃の対処だった。ドクター達の意見は、錯綜していた。
「このシステムを外した方がいいのか。」
「否、これを外すのに姫は、認めてくれんだろう。」
「それにしても、嬢ちゃんの感情があそこ迄リンクするとは考えなかった。収穫だ。」
「それより、外部からの乗っ取りの方が深刻だろう。」
「富岳の後退の様子から見ても、向こうが仕掛けたものじゃなさそうだ。」
「それなら、どこからだ。」
「解析中だが、これが解決しない限り遠隔操作で再起動は出来ない。」
「安い外国部品を使ったからかな。」
「次もハッキングされたらお手上げた。考えただけでも頭が痛い。」
リツコは、静かに口を挟んだ。
「もう一度、模擬戦のチャンスを貰えました。三日後の一六・〇〇時です。」
夕刻には、検査の後に退院できた。リツコが顔を覗かせて言った。
「G二十八号の修理が今日を入れて三日かかります。それまで自由行動。」
「‥‥はぃ、」
「どっかに出掛けなさい。気分転換になるわ。この近くの食べ物美味しいわよ。」
「‥‥大阪名物の、たこ焼き食べたいと思っていました。」
コーコは、少し気分も晴れていた。
「外泊って、大丈夫ですか。」
「大阪?、外泊?。」
「はい。」
「一泊なら大丈夫だけど、遠いわよ。」
「はぁ、ナビで調べましたが、列車で行けるようです。」
「行けなくも無いけど、遠いわよ。」
そう言う怪訝そうなリツコに、コーコは確かめた。
「‥‥鳥取ですよね。ここって。」
「青森。」
「ええっ‥‥、」
「大阪に行きたいなら、輸送機の便があるから手配できるけど。」
「いぇ、‥‥ごめんなさい。」
コーコは、鳥取砂丘とばかり思い込んでいた。
結局は、恐山に出掛けることになった。私服姿でトウコも同行した。幼顔のトウコは、同級生のようにも見えた。しかし、身のこなしと口調が普通の一般女子に見えなかった。トウコの黒いキャミソールと短いスカートが変だった。
「トウコさん、こう言ったら失礼なんですが、凄い服ですね。」
「上官からご指導頂きました。宜しいでしょうか。」
「今時は、ないと思います。」
一昔前のファッションだった。上官の年代と嗜好が窺えた。
「任務遂行には、少々動きにくいのですが、問題ありません。」
コーコは、服よりも腰の銃フォルダーが気になった。
「そのモデルガンも、ファッション的にどうかと。」
「実物です。」
「えっ‥‥、それって、ダメでしょう。」
「許可とっています。」
「いゃいゃ、それは。ないでしょう。」
列車を待つ駅で連絡を入れた。仕事中の母に繫がらなかった。サイコは、買い物の出先だった。
「今、どこだと思う。」
「‥‥北の方。」
サイコの直感は、相変わらず鋭かった。コーコは、溜息を隠して思った。
『これだから、霊感の強いのは困るんだ。』
「恐山よ。」
「そぅ‥‥。」
サイコは、驚きもしなかった。
「口寄せなら。わたしがしてあげるのに。」
「もぅ、驚きなさいよ。面白くない。」
「お姉ちゃんの、その様子に驚いたわ。」
「お土産は、なにかいる。」
「要らない。変な霊なんか連れてこないでよ。」
田舎の路線からの風景を眺めながらコーコは、結構楽しめた。
終点の駅前で、若者に車から声を掛けられた。
「お嬢さんたち、乗って行かない。」
化石のようなナンパにコーコは呆れトウコが睨んだ。
「大丈夫。何もしないよ。何処に行くの、送るよ。」
『軽っ‥‥。そういえば、何もしないっていう人が一番危険でしたか。でも、美男子ね。』
最近週刊誌で話題の芸能人にどこか似ていた。
トウコが囁いた。
「危険になれば、発砲する許可を貰っています。」
「いゃ、それって駄目でしょう。」
「ご命令とあれば、控えます。」
「撃たないでね。」
ふと、コーコは思いだした。自分に監視が付いてることを。
『そういえば、ボディガードいると言ってたわね。なら、大丈夫か。』
コーコは、そう思い周りを見回した。それらしき姿は見当たらなかった。
「‥‥まぁ、いいっか。せっかくだから送ってもらいましょう。」
「了解であります。」
トウコは、運転席の隣に座った。男は驚き笑った。コーコは、後部座席に乗り込んだ。
「僕は、トウマ。これでも、就活中。お嬢さんたち、大学生。旅行。東京から。」
「前を向いて安全運転を。トンマくん。」
「トウマだよ。なんか殺気感じるけど。」
「本気の殺気です。」
「面白い子だね。」
「少し気が短そうです。」
コーコは、苦笑しながら名乗った。
「わたしは、コーコ。彼女はトウコ。」
「二人とも、良い名前だね。」
「はぁ、どこが。親に付けて頂いた有難い名前です。」
トウコは、今にも拳銃を抜きそうだった。
「貴様ごときに、とやかく言われたくない。」
車中で話は噛み合わなかったが、車の移動は、快適だった。
「どっかでお茶していこうよ。美味しいスィーツの店知ってるんだ。」
「はぁ、なんですか。女子が全て甘いもの好きと考えていますか。」
トウコは、陰険に返した。コーコが慌てて言った。
「まぁまぁ、乗せてもらっているのだし。穏便に。」
「了解であります。行きなさい。」
「えっ、」
途中に立ち寄った店は、予想外の幸せをもたらした。コーコは、もう一度訪れたいと思えるほどにその店の味と雰囲気が気に入った。トウコは、何故か珈琲だけだった。化粧室に入ると、トウコは、申し出た。
「具申します。私は、チャラチャラした男が嫌いであります。発砲の許可を。」
「いゃいゃ、落ち着いて。熊じゃないんだから。」
後日知ることになるが、トウコの家系は旧陸軍まで遡る五代続けての職業軍人だった。
恐山の賽の河原でコーコは、父を想いだした。
『‥‥お父さん。コトミコは、元気です。色々あるけれど、頑張れていると思う。護ってね。』