第7話 【移動】

文字数 3,449文字

長いタイトルを付けたいが‥‥、取り敢えずは【移動】

 近くの温泉旅館は、コーコを幸せな気持ちにさせた。風情のある部屋もさることながら、露天風呂が嬉しかった。山間の向こうに夕暮れの海が眺望できた。
 リツコの均整の取れた大人の体形を目にしてにコーコは、溜息を零した。自分の幼児体形が情けなかった。
 『‥‥天は、二物も三物も与えているじゃないの。』
 コーコは、鏡に映る痩せすぎの体形を眺めながら思った。
 夏休みに入っていたが、平日の旅館は空いていた。コーコは、リツコと貸し切り状態の露天風呂を楽しんだ。乳白色の湯は、心身を癒し和ませた。
 「お客さん、少ないですね。平日だからですかね。」
 「旅館を丸ごと借り切っているの。」
 「ええっ‥‥、この会社って、お金があるのですね。」
 「親方日の丸だから。ここだけの秘密です。他言しないように。」
 「‥‥日の丸ですか。」
 コーコは、言葉の意味に勘違いして心の中で独り悩んだ。
 『親会社が、日の丸株式会社か。聞いたことないな。ヤバい会社だったらどうしょう。』
 それでも湯に浸かり寛ぎながらコーコは、思い切って心配事を打ち明けた。リツコが常々言っていた。困りごとがあれば何時でも何でも相談に乗ると。
 「最近、誰かに尾行されているような気がして。気持ち悪いんです。」
 リツコは、少し考えてから言った。
 「実は、貴女に護衛を付けているの。」
 「‥‥護衛。」
 「そう、ボディガード。」
 「ええっ‥‥。」
 「驚くのも無理ないわね。貴女に乗ってもらっているG二十八号は、それだけ重要なの。貴女だけしか乗れないでしょう。」
 「はぁ‥‥。じゃ、不審者ではないのですね。」
 「そう。心配しないで。」
 「探偵とかガードマンですか。」
 「精しくは言えないけど。特殊な訓練を積んだ精鋭です。」
 「‥‥はぁ。」
 コーコは、半ば納得したものの自分の置かれている立場に困惑して思った。
 『高校生には、荷が重い話でしょう‥‥。』
 リツコが、感心したように言った。
 「中々勘が鋭いわね。」
 「たぶん。たまたまです。」
 複雑な思いでそう返してからコーコは、話を移した。
 「前から聞こうと思っていたのですが、操縦台のお腹に巻くベルトは、どうしてあんなに細いのですか。操縦する人に合わせてサイズを変えれば誰だって乗れると思うのですが。」
 「そうなのよ。」
 リツコは、思い出したのか苦々しく言った。
 「あれは、操縦室と一体成型なの。誰かさんの発注ミスで。あのサイズなのよ。」
 「はぁ‥‥、」
 「今からだと、間に合わないの。」
 リツコが嘆息して言った。
 「太らないでね。」
 「体質的に大丈夫のようです。今のところですが。」
 そう笑って見せたもののコーコは、旅館を借り切れるのに操縦室を作り直す予算がないのが理解できなかった。

 大広間には、研究棟と工場の面々が集まっていた。用意された夕食は、コーコが初めて目にする品が並ぶ豪華さだった。
 「遠慮するな。」
 「どうせ税金だ。(納税者怒ります。)」
 コーコは、家族旅行の思い出がなかった。母親の独特な考え方からだった。家族でも全体行動の必要はなく、各自が好きな時に好きな場所に行く、これが母親の持論だった。
 酒が入り場が温まっていくと、収拾のつかない宴会になった。
 「カラオケ大会‥‥、ね。」
 コーコは、絶句した。座敷の中の異様な盛り上がりに。
 『ええっ‥‥、知らない曲ばかりだよ。』
 そう思うコーコの笑顔は、引き攣っていた。次から次にマイクを奪い合って歌う御老体達の曲は、昭和の歌ばかりだった。
 『昔のアニソンだよね。‥‥たぶん、知らないけど。』
 呆れ独り思うコーコにドクター達が勧めた。
 「嬢ちゃんも唄え。我々が許す。」
 「えっ、あっ、ははははっ‥‥、喉の調子が。」
 「なにぃ。我々の勧めが受けられんのか。」
 「‥‥酔ってますね。」
 隣を見ると、リツコが黙々と焼酎を飲んでいた。
 「何時もこうなんですか。」
 「今日は、未成年がいるから大人しいわ。」
 その言葉の端から、裸芸が始まっていた。
 『うわぁ、‥‥見たくないよ。』

 宴会は、異様に盛り上がり続けた。リツコは、ひたすら飲んでいた。飲めば飲むほど無口になった。コーコは、途中から成り行きで何時の間にかマイクを手にセンターに立っていた。最近のアニソンを熱唱すると、大人たちが足を踏み鳴らして奇声を上げて喜んだ。
 「いいぞ、嬢ちゃん。」
 大人たちの歓喜に後押しされて、コーコは歌いまくった。宴会は、終わる気配も無かった。高齢の何人かは、半ば昏倒しつつあった。
 真夜中も過ぎた頃、突然に工場長が立ち上がり号令を発した。
 「よし。夜も更けた。もう直ぐ、丑三つ刻だ。」
 「‥‥うしみつどき。」
 コーコは、呪文のような言葉に戸惑った。周りで酔いに任せて準備が始まっていた。
 「この時間なら、気付かれんだろう。」
 「‥‥なんなんですか。」
 「これより。G二十八号の搬送作戦を始めます。」
 そう告げるリツコの目は据わっていた。
 「オペレーターは、直ちに所定の場所に向かうように。」
 「‥‥はぁ、えっ、と。」
 コーコは、マイクを握ったまま状況の変化について行けずに半ばパニックっていた。リツコに力任せに引き摺られて車に放り込まれた。工場に戻った職員は、早々に準備を始めた。コーコは、トラックの仮設の更衣室に押し込まれた。
 「五分で着替えなさい。」
 リツコは、酒臭い息で命じた。
 「搭乗して、起動準備を。」
 「‥‥はぁ、はいっ。」
 コーコは、突然の展開に少し苛立ちながら急いで着替え操縦室に入った。ドクター達の声がかかった。
 「嬢ちゃん、飲酒運転はいかんぞ。」
 「未成年です。勿論、飲んでいません。」
 コーコは、言い返した。
 「でも、眠いっ。居眠り運転になるかも。」
 主電源が入り、全天候型のモニターが騒然とする工場内を映した。音声でリツコの声が響いた。
 「各機能の点検を、始。」
 操縦室内の表示パネルが開き次々に確認の表示が入った。コーコは、一つ一つ状態を確認して復唱した。
 「‥‥全て、クリアーです。」
 「了解。これより、工場の前部扉を開放します。」
 扉が開き外の夜の闇が現れた。
 「グランド中央に前進移動。」
 「移動します。」
 コーコは、初めて実物のG二十八号を動かした。気持ちが昂っていた。サブモニターにリツコが映り説明した。
 「陸自の偵察ヘリが誘導します。その後について行けますね。暗視映像に。」
 「はぃ、やってみます。」
 コーコは、そう答えて音声認識で全天候型モニターの画像を切り換えた。
 「暗視画像」
 白黒ながら昼間のような鮮明な画像に切り換わった。リツコが尋ねた。
 「偵察ヘリが目視出来ますか。」
 「はい。見えます。」
 コーコは、前方の少し上空で待機しているヘリを確認した。
 「偵察ヘリからのレーザー誘導をチェック。」
 正常に機能しているのを確認してコーコは、答えた。
 「クリアー。」
 「了解。偵察ヘリの後をついて行くように。移動は、訓練と同じ第二行軍速度です。予定通りいけば、麓の県道迄は、約三十分です。内蔵バッテリーは、充分ですが負荷を掛けないように。」
 リツコは、説明を終えると命令を下した。
 「いいですね。移動作戦開始。」
 「コーコ、G二十八号、行きます。」

 結局は、夜陰に紛れてG二十八号を歩かせて麓まで移動させた。後日、その姿を偶然に目撃されてインスタで拡散された。そのニュースは、ネット上で話題になった。
 【謎の獣か。悪戯か。それとも‥‥。】
 シミュレータで訓練を重ねてきた効果が出たのか、コーコはG二十八号を無難に操作した。後日談になるが、山を崩し田畑を荒らした保障に国家予算が使われた。民家と人命に被害が生じなかっのが幸いだった。
 封鎖された県道から戦車運搬車両にG二十八号は乗せられてシートを被せられ出発した。
 コーコは、遠隔操縦室に搭乗したままの移動になった。G二十八号は、シートを掛けられて操縦席のモニターから何も見えなかった。孤独なコーコの気持ちを察して、トレーラーの運転席からの景色が映された。コーコは、退屈な夜の街の景色を見ながら寝落ちしていた。
  
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