第4話 【模戦】

文字数 3,541文字

長いタイトルを付けたいが‥‥、取り敢えずは【模戦】

 二日間で一通りの操作を習得した。自分の体のように操作できるまでになっていた。
 「嬢ちゃんには、才能があるな。」
 世事でなくドクター達は、感心した。コーコ本人は、他に比べようもなく半信半疑で聞き流していた。
 「今日から、模擬戦闘を始めよう。」
 そのドクター言葉の持つ意味が分からずにコーコは、怪訝そうに呟いた。
 「‥‥模擬、戦闘。」
 管理室が映るモニターの中でドクター達の話は、粉砕し始めた。それを見てコーコは、操縦席の中で一息ついた。ドクター達が議論を始めると暫く時間が掛かるのに気付いていた。
 「レベルは、どうする。初心者だからな。」
 「嬢ちゃんは、出来る。」
 「じゃが、時間がない。」
 「そうは言っても、せっかく乗れる嬢ちゃんが見つかったんだ。」
 「大事にしないといけないのは分かるが。」
 そこにリツコの毅然とした声が割り込み話は納まった。
 「マニュアルのとおりにしましょう。いいですね。」

 【レベル1、対象一体、ステージは平坦な荒れ野、時間は真昼、天候は快晴、‥‥。】
 模擬戦闘の相手は、スクエアな甲冑型だった。その洗練された形を目にしてコーコは、思った。もしも、見た目で善悪に分けるなら相手が正義で自分が操作する爬虫類:形態のG二十八号が悪役に見えてしまうと。
 「‥‥これって、ビジュアルで損しているじゃないの。」
 コーコは、呟いた。モニターの中のドクター達は、これから始まるコーコの勇姿を想像して目を輝かせていた。コーコは、堪らずに思った。
 『‥‥うわぁ、プレッシャー。』
 そんなコーコの気持ちも知らずにドクター達は、囃し立てた。
 「軽く倒してくれよ。」
 「見事な勇姿を見せてくれ。」
 「嬢ちゃんならやれる。」
 「信じているぞ。」
 コーコは、リアルでも生まれてこのかた喧嘩をしたことがなかった。勿論、格闘技を習った経験も。どうしたものかと思案していると、甲冑が一気に間合いを詰めてきた。動きは、早かった。我に返った時には、目の前に接近して角ばった腕が伸びて叩かれた。
 「‥‥わあっ、」
 コーコは、声にならない悲鳴を上げた。強い衝撃の中で固まってしまった。次々と繰り出してくる相手の攻撃にG二十八号は、サンドバッグ状態になっていた。緩衝機能が働いても、そこそこの振動で操縦室内は、揺れ動いた。仮想映像といっても、連動してシュミレーターの操作室は揺れ動いた。操縦席内に警告灯が点滅して警告音が鳴り響いた。その衝撃を体感するよりもコーコは、叩かれている画像から精神的に強いショックを受けていた。
 「‥‥いやぁ、‥‥いやぁ。」
 操縦席の中にコーコの鳴き声が響いた。G二十八号の装甲が堅いのか壊れる様子もなく攻撃に踏ん張っていた。だが、長く持たなかった。甲冑の投げ技になす術もなく倒され止めをさされた。
 「‥‥キャー、」
 コーコは、悲鳴を上げて激しい衝撃に気を失っていた。上下左右に三百六十度に回転するシュミレーターの操縦席は、上を向いて停まっていた。
 【撃破されました。】
 機械の合成音がG二十八号の敗北を知らせていた。
 ドクター達も心配してシミュレータの入口に集まった。
 「嬢ちゃん、大丈夫か。」
 「はい、ここは私が。ドクター方は離れて。」
 リツコは、ドクター達を尻退けると、気絶するコーコを介抱した。
 「‥‥だから、これは見世物でないでしょう。怒りますよ。」
 そのリツコの厳しい声に、覗き込んでいたドクター達は、蜘蛛の子を散らすように離れた。
 コーコは、暫くして意識を取り戻した。
 「‥‥いたたたっ、もぅ。」
 シミュレータ内で失神する衝撃を受けたコーコは、さすがに脅え震えていた。
 「気持ちを楽にして。貴女の生体反応は、機器がモニターしているから。大丈夫のようね。」
 リツコは、操縦席全体が撃破される衝撃を受けても人体に危険が及ぶ手前で緩和される仕組みになっている構造を説明した。
 「どこも痛くないでしょう。」
 「‥‥気持ちが、打撲で捻挫です。」
 コーコは、落ち込みながらも笑って見せた。実際には、少しばかり失禁していた。
 「少し休憩しましょう。」
 リツコは、気遣って短い休憩を入れてくれた。

 その日、七回の模擬戦闘で全敗した。五回撃破され、後は逃げての場外負けだった。意識が飛ぶほどの衝撃を何度も受けたコーコは、肉体の疲労よりも気持ちが少し弱気になっていた。
 「本当の戦いなら、死んでいたの。」
 涙が溢れた。
 「あたし、戦いに向いていない。たぶん‥‥、絶対‥‥。」
 その日は、パフェを喉に流し込むと、顔で笑って気持ちを凹ませ落ち込んで早々に退出した。それでもその足で図書館に寄って格闘技の本を借りた。根が真面目で前向きなコーコは、夜を徹して格闘技の勉強をした。妹のサイコが合気道を習っているのが頭の片隅から離れなかった。
 「なんで、サイコは運動も優秀なのよ。これって、やっぱし、不公平。姉妹なのに。」
 翌日は、バイトが休みだった。自室に籠って本を片手に格闘技の練習をした。一度だけ妹のサイコが、扉の隙間から顔を半分覗かせた。
 「‥‥お姉ちゃん、体の芯がズレている。それに、気が澱んでる。」
 妹の静かな声にコーコは、不敵に笑った。
 「お姉ちゃんの座右の銘を知っている。」
 「難しい語彙を知っているのね。高校生。」
 「努力に優る才能なし、よ。」
 「少し、違っていると思うけど。」

 一日の休暇を使って格闘技の座学をしたコーコは、勇んで研究所に向かった。ほぼ徹夜で覚えた形を決めた。
 「‥‥おおっ、太極拳か。」
 その形にドクター達は、感嘆の声を上げた。爬虫類の形態が太極拳の構えをする姿は、滑稽だった。コーコは、勝利を確信して笑みを浮かべた。
 「いける。」
 しかし、一撃で撃破された。昨日の連敗が功を奏したのか、衝撃の中でも気絶しなかった。

 七戦全敗。

 ドクター達が、暫く絶句していた。
 「何故、戦わん。」
 「‥‥戦い方が、分かりません。」
 「えっ、いや。叩いたり蹴ったり投げたりすればいいだろう。」
 「無理‥‥、です。経験がないので。」
 それから、座学になった。昼まで、格闘技の映像やヒーローものの戦いを鑑賞させられた。コーコは、そのどれもが超絶技巧に見えた。ほぼ固まりながら思った。
 『‥‥こんな動きって。これって、絶対に無理でしょう。』
 それでも、真面目なコーコは、メモを取りながら全て最後まで鑑賞した。少しでも参考になる個所を見つけようと必死だった。

 午後からの模擬戦闘も、映像を見た甲斐もなく全敗だった。
 「‥‥すみません。素材が悪すぎますね。」
 肩を震わせて涙ながらに話すコーコに、ドクター達は励ました。
 「弱気になるな。誰でも最初から上手い奴などいない。」
 「眠れる獅子は、いずれ目覚める。」
 「その涙、我々も忘れんぞ。」
 「嬢ちゃんは、乗れることに誇りを持てばいい。」
 意味不明な励ましは、コーコを逆に落ち込ませ憂鬱にさせた。シャワー室で独り声を押し殺して泣いた。悔しさを持って行ける拠り所が探せなかった。
 それでも、リツコの前では笑顔をつくった。お茶とケーキの味が分からない程に気分は激落ちしていた。
 帰りの駅のホームで何本も列車を見送った。溜息ばかりついてベンチで座る姿は、不気味だったのだろう。立ち上がり線路に近付くコーコは、駅員に声を掛けられた。
 「御気分が悪いですか。」
 「‥‥えっ、‥‥いぇ、‥‥まぁ、‥‥大丈夫です。」
 コーコの思い詰めた様子が、駅員の使命感に火を付けた。半ば強引に駅の事務所に誘導された。
 「ご自宅に連絡しましょう。誰か迎えを。」
 たまたま近くに出掛けていた妹のサイコが、時を置かずに駆け付けた。妹の見目麗しい美少女に駅員の誰もが驚き感嘆混じりの視線を向けた。その日に限って私服の妹は、高いヒールを履いていた。横に並ぶと、コーコは、妹の肩までしかなかった。
 「‥‥姉が、ご心配をお掛けしました。」
 妹の殊勝な物言いに感心する駅員達に嫌味の一つも残したかったが、思いつかない程に気持ちが萎えて心身共に疲れていた。
 二人っきりになるとコーコは、力なく呟いた。
 「‥‥姉はつらいよ。」

 その日の夕食は、母の当番だった。
 「‥‥夕食まで寝るから。」
 コーコは、救われた思いで告げると、部屋の灯りもつけずにベッドに倒れ込んだ。母と妹は、気遣ってそっとしておいてくれた。
  

 
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