第16話 【暴風】

文字数 3,667文字

長いタイトルを付けたいが‥‥、取り敢えずは【暴風】

 孤島を離れた強襲揚陸艦【紀伊】でも、地震を観測していた。
 「通常の地震波ではありません。」
 副官のムラマサ二佐が報告した。アラタ一佐よりも年長だった。
 「震源地は、確認できたか。」
 「孤島の直下です。」
 タブレットに表示される震源地の位置と深度をアラタ一佐は確かめた。
 「‥‥やはり、深度が浅くなっているか。」
 「予測よりも、早いと見ます。」
 「この時期に、厄介だな。」
 「どうします。」
 「隠し通せないか。」
 アラタ一佐は、少し考え込んでから、作戦主任のキリコ三佐を呼び寄せた。
 「島はどうか。」
 「リツコ一尉から作戦準備の完了が届いています。」
 「この海域での哨戒を中止して、島に向かう作戦も考慮してくれ。出来るか。」
 「幾つか立案出来ます。」
 「早急に進めてくれ。」
 アラタ一佐は、そう命じた。
 【紀伊】を旗艦に艦隊は、哨戒を続けた。ハワイから米国の太平洋艦隊が出港している情報も入っていた。

 孤島の地震被害はなかった。それでも余震に備えて警戒が続いた。火山帯から外れていることから考えても、火山活動の兆候と思えなかった。原因不明の地震にリツコは、副官以と各部の責任者を集めて今後の方針を検討し確認した。

 熱帯低気圧が近づきつつあった。
 孤島では、暴風雨の対策と同時に領海侵犯の警戒を高めていた。予てより海上の荒れと共に某国の先発隊が上陸する情報を入手していた。民間に偽装した漁船が嵐で漂着して民間人に成りすました特殊部隊が上陸、その自国民を救助する名目で艦艇が押し寄せ占拠すると。
 近海で某国の軍艦が演習航海をしている位置情報は確認していた。
 その朝から、コーコとエリカは自機での待機を命じられた。
 「今日から操縦席で寝泊まりか‥‥。」
 コーコは、一気に高まる警戒に半ば戸惑っていた。コーコは、密かに溜息をついて思った。
 『‥‥これって、バイトの仕事でないよね。』
 昨夜の友人マチコとの通信を思いだした。孤島に来てからも定期的に連絡は取り合っていた。ただ、影武者に代わってからは、話が少しばかり噛み合わないことが多かった。登校日以外はバイトに行っていることになっていた。
 【住み込みって、マジ。ヤバイ、バイト? でしょう。】
 【マジ、ヤバかな。】
 コーコは、返信しながら本心でそう思った。
 【それより、コーコ大丈夫。】
 【えっ、何が。】
 【暴れた結果が、有名人。】
 マチコと影武者が、夏休み最後の登校日帰りに寄り道したのは知っていた。しかしコーコは、詳細の報告を受けていなかった。たまたま、ひったくりの事件に出くわせてコーコが犯人を取り押さえる手助けをしたのだった。その動画が、ネットに流されていた。[‥‥ミイラ女、乱闘。]再生回数が半端なかった。
 【コーコって、運動苦手だったよね。】
 『‥‥ミイラ女、何やってくれてるのよ。』
 そう心の中で想い返し溜息をついた。コーコは、塞ぐ気持ちを吹っ切るように操縦席のハッチの傍のトウコに尋ねた。
 「トウコさんは、どうするのです。避難場所だとかあるのですか。」
 「私は、警備の者と共に周辺で待機します。」
 「台風が近づいていると、言ってましたよ。大丈夫ですか。」
 「御心配なく。対処はできています。」
 一人用の移動特殊シェルターが、警備の各員に配備されていた。
 「我々は、一命を賭してでもコーコさんを警護するのが任務です。」
 「無理なさらないで下さい。」
 「全力を尽くします。」

 凪いでいた海が、荒れ始めた。重苦しい雲が立ち込めていた。昼近くなって風が強くなり雨が降り始めた。コーコは、荒れる海を間近で見るのが初めてだった。予想以上の激しい景色に怯えた。
 「‥‥怖っ、半端ないじゃん。」
 そこに、リツコから緊急電が入った。
 「コーコ、起動準備に入れ。」
 コーコは、手際よく機器をチェックしながら呟いた。
 「‥‥ふぅ、慣れていくのね。」
 トウコも忙しく動き始めた。ハッチに被せられている簡易の風雨カバーを外した。
 「コーコさん。ご武運をお祈りいたします。」
 敬礼をしてハッチを外から閉めた。コーコは、起動の確認が済むと、報告した。
 「全て完了。問題ありません。」
 「了解。」
 リツコは、説明を始めた。
 「民間漁船に偽装した不審船が、接続海域に入った。船の数は、十二を確認。このまま領海に侵犯するとみる。」
 リツコは、命じた。
 「G二十八号は、これより発進。陸より二千五百メートル地点まで進行。その場で待機。接近する不明船を転覆させるように。会合予測時間は、14.00。」
 「‥‥転覆、沈めるのですか。」
 「そうです。」
 リツコの返事にコーコは、気持ちが動転した。暴風の中を船を転覆させれば乗員がどのようになるか予測できた。
 「‥‥怪我しますよ。溺れてしまいます。」
 「相手は特殊部隊です。溺れたりしない。」
 「‥‥はぁ、でも。」
 「大丈夫。責任は全て私がとります。思い切ってやりなさい。」
 リツコは、そう言い切った。
 「珊瑚礁内の水深は約十メートル。G二十八号が立って歩けば頭が出ます。出来れば、UMAらしく見せるように。」
 『はぁ‥‥、UMAって、どんな動きするのよ。』
 コーコは、独り悩んだ。リツコが、続けた。
 「珊瑚礁は沖まで約三千メートル。その手前を防衛ラインとする。珊瑚礁の端からは一気に海底が二千メートルまで深くなってる。落ちると上がるのが大変だから、気よつけるように。」
 「‥‥はぁ。」
 「海上で船を全て転覆させるように。上陸した兵は、富岳改が魔神となって対処する。」
 富岳改が山腹で擬態して待機する地点をサブモニターに表示した。
 リツコは、畳み掛けるように続けた。
 「今回は、ケーブルで稼働。ケーブルを切断しても内部電池で戦闘稼働は、六十分可能。ですが、この天候を考えれば、内部電池での戦闘は極力避けるように。」
 コーコは、リツコの話を頭に叩き込んだ。
 「これよりG二十八号は、発進。所定の位置まで移動せよ。」
 「了解しました。コーコ、【R・B】いきまーす。」
 基地内の誰もがコーコが使う【R・B】の名称に一瞬絶句した。リツコが、怪訝そうに聞き直した。
 「‥‥えっ、何です。」
 「あっ、はい。G二十八号にコードネーム付けました。」
 コーコは、照れて申告した。
 「【レックス・ビーマックス】、略して【R・B】です。‥‥いいですか。」
 しばらく沈黙の後、笑いを堪える気配が伝わってきた。
 「‥‥いいでしょう。でも、そういうのは、先に言いなさい。」

 G二十八号は、海面から頭部を出して海底を歩いた。操縦室のモニターが水面を浮いているような視線の高さだった。
 「船に乗ってるみたい。」
 低気圧の影響からか、波が高くなり始めていた。コーコは、珊瑚礁の端に向かい歩かせた。重量のあるG二十八号でも荒波で不安定に揺れた。
 「‥‥変な揺れ方。‥‥ううっ、吐きそう。‥‥気持ち悪っ。」
 コーコは、なんとか堪えた。G二十八号の頭部が海面から出て波を掻き分けて進む姿は、現実離れした光景だった。もしも、何も知らない人がそれを見たなら異様な生物に驚嘆しただろう。

 島の中腹で擬態して待機の富岳改は、G二十八号の動きを眺めていた。
 「さて、上手くできますかしら。」
 エリカは、呟いた。遠隔望遠でも漁影は、まだ確認できなかった。
 「リツコ指令。」
 「何か。」
 「少し、よろしいでしょうか。」
 リツコは、作戦前でも余裕を見せた。
 「今なら、大丈夫。」
 「昨日の地震ですが。何か変だと思いませんか。」
 「どう、思ったの。」
 「揺れ方が人工的のように感じました。」
 地震のない国で生まれ育ったエリカは、感覚的に違和感を受けていた。リツコは、その意見に少し興味を覚えた。
 「後で、詳しく聞かせて。」

 リツコが提示した予測時間より少し遅れて漁船が接近した。暴風雨になっていた。コーコは、目の前に接近する漁船の群れを前に躊躇った。どう見ても一般の漁船にしか見えなかった。
 「乗組員が特殊部隊って、ホントに信用すればいいのかな。でも、‥‥。」
 コーコは、腹を括った。
 「‥‥もぅ、何でもいい。やってみる。みなさん、ゴメン。」
 それでも、乗員に怪我をさせないように海中から船底を押し上げて静かに転覆させた。嵐の中を海面から爬虫類の生物が暴れる姿に乗員たちがパニックになっている様子が見えた。
 「‥‥溺れないでね。」
 獣のような咆哮を外部スピーカーから流した。辺りは、修羅場と化していた。一度暴れ出すと、コーコは今まで記憶にない自制しきれない感情に取り込まれた。気持ちが昂り、意識しないのに動きが自然と激しくなっていた。

 
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