第6話 ヴァッカー少年

文字数 1,139文字

 眩しいフラッシュが僕に降り注ぐ。今僕がいるのは、オランダ、アムステルダムにあるゴッホ美術館。

 半年前、家の蔵を掃除していたら、一枚の風景画を見つけた。絵のタッチが何処となくゴッホ風だったので、面白半分で鑑定依頼に出した。

 まさかそれが本物だったとは。たくさんの記者に囲まれ、質問が飛び交った。絵をどうするのか?という質問に、僕は、オークションに出品したいと答えた。

 オークションの前日。テレビニュースでオークションの告知が入ると聞いていたので、僕は心をはずませて待っていた。

 そしてテレビ画面に僕が蔵で見つけたゴッホの絵が映る。僕は自分が出演したかのように緊張した。その時、僕の隣に座っていた祖父が、テレビ画面を指さしこう言った。

「これは、ワシが描いた絵じゃ」

「え?」

「ワシはオットー・ヴァッカーに利用されたんじゃ」

「ヴァッカーって、あのオットー・ヴァッカー事件の」

 オットー・ヴァッカー事件とは、ヴァッカー画廊が所有していた30点余りのゴッホの絵が調査の結果、贋作だと判明した、前代未聞の大規模なゴッホ贋作事件の事である。

 祖父の話によると、祖父は幼少の頃、南フランスのアルルの街で暮らしていた。そこでオットー・ヴァッカーという男に出会った。

 子供の頃から絵の才能があった祖父は、ヴァッカーに目を付けられて、何枚か絵を描いたという。そして、最後に描いたのが、今まさにテレビに映っている『アルルの教会』。

 描き上げてすぐ、ヴァッカー事件が発覚したので、ヴァッカーの手には渡らなかったらしい。その話が本当なら、僕はとんでもない事をしてしまった。

 オークション当日。「60億円!」「62億円!」「70億!」「80億円!」とんでもない額が飛び交っている。

 額が大きくなればなるほど、罪悪感に今にも押し潰されそうになる。苦しい、やめてくれ。

 いつか贋作だとばれたら、僕は捕まってしまうのだろうか…。僕は犯罪者なのだろうか…。

 祖父の絵は「89億円」で落札された。実際お金を前にすると、罪悪感が吹っ飛んでしまいそうになる。これが詐欺師の感覚か。

 僕は恐ろしくなった。このままでは、どうにかなってしまうんじゃないか。人間としてまともではいられなくなってしまうじゃないか。そうなる前に僕は、落札額の「89億円」を全額寄付する事にした。

 それから数日後、祖父はこの世を去った。その数日間の祖父の発言には驚かされるばかりであった。

「今まで黙っていたが、実はワシは忍者なんじゃよ」

「ケネディを暗殺したのはワシじゃ」

「月面に初めて到達したのは、何を隠そう、ワシなんじゃよ」

 もしかして祖父は、ボケていたのか?それともあれだけは…。

「とにかく一旦、89億円を返してくれないだろうか」

ヴァッカー少年・終
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