第3話 座敷ボッコたち

文字数 3,727文字

 林間学校の3日目の夜。明日が最終日という事もあり、生徒たちは気が緩んでいた。5年2組の担任教師の部屋に、数人のませた女子生徒がやってきて、何か怖い話をしてくれとせがんだ。

 担任の男は、子供の頃に聞いた座敷ボッコの話をした。

 座敷ボッコとは、岩手県を中心とする東北地方北部で信じられている妖怪の一種で、以下のような言い伝えがある。

 ある家に集まった10人の子供たちが、両手をつないでまるくなり、「大道めぐり、大道めぐり」というかけ声を発しながら、座敷のなかをぐるぐるぐるぐるまわって遊んでいたら、いつのまにか、子供が1人増え11人になった。

 1人も知らない顔がなく、1人も同じ顔がなく、それでも、何度数えても11人いる。大人がやって来て言う「だれか1人が座敷ボッコだ」。けれども誰が増えたのか、とにかく皆、自分だけは座敷ボッコではないと言い張るのであった。

 そんな座敷ボッコの話を担任から聞いた女子生徒たちは、自分らの部屋に戻ると、そこにいたクラスメイトに話した。すると、バトンを渡されたかのように、話を聞いたクラスメイトたちは、わざわざ他の部屋に出向いていき、そこにいたクラスメイトに話した。そんな風に、どんどん広まっていき、あっという間にクラスメイト全員に知れ渡った。

 好奇心旺盛な生徒たちは、話を聞いただけでは終わらなかった。ふざけて真似したのだ。

 両手をつないでまるくなり、「大道めぐり、大道めぐり」というかけ声を発しながら、ぐるぐるぐるぐる部屋のなかをまわった。

 示し合わせたわけではないが、5年2組の各部屋で行われた。何がそんなに面白いのか、生徒たちはキャハキャハと笑いながら、何度も何度も行った。

 消灯時間が過ぎても終わらなかった。布団からこそっと出ては、「大道めぐり、大道めぐり」と小声でかけ声をあげながら、ぐるぐるぐるぐる真っ暗な部屋のなかをまわった。それは本当に何度も何度も続けられた。

 林間学校の朝は早い。6時半には宿泊施設の運動場で朝の集いが行われる。生徒たちがぞろぞろと建物から出て来ると、クラスごとに分かれて整列する。

 朝の集いは、学年主任の話から始まる。朝っぱらから、面白くもない退屈な話が長々と続く。生徒たちは寝ぼけ眼で聞いちゃあいない。

 そんな中、5年2組の担任は、自分の受持つクラスの列を見て、口をあんぐりさせた。

 5年生は全部で3クラス。1組が35人、3組は34人、彼が受け持つ2組は34人のはずだが、どうもそれ以上いるように見えた。

 1組と3組の列に比べ、2組の列だけが群を抜いて長いのだ。かなり長い。倍ではきかない。70人以上はいるんじゃないだろうか。

「…列、長くないか。というか、生徒、多すぎだろう」
 担任は怪訝そうに眉を寄せる。だが次の瞬間、昨晩の事が頭に浮かんだ。

 昨晩、生徒が部屋の中でドタバタと騒いでいたから、何度か注意した。あれは、座敷ボッコごっこをしていたのだろう。「大道めぐり、大道めぐり」と発しながら、部屋の中をぐるぐるぐるぐるまわっていた。

 座敷ボッコごっこのせいで生徒が増えたのではないか。座敷ボッコの話に、真似をすると人数が増えるからやってはいけない、なんて注釈は聞いた事がない。だけど、現に生徒は増えている。

 座敷ボッコの話は、決して真似をしてはいけない類の言い伝えだったのかもしれない。

 座敷ボッコの話は、10人の子供が、いつしか11人に増える。増えたのは1人。2組の生徒数は34人。それが70人以上に増えた。(怖くてまだ正確な人数は数えてない)。

 こんなにも増えたのは、生徒たちが何度も何度も繰り返し座敷ボッコごっこをしたからだろう。注意した時、廊下で正座させていれば、こんなにも増えてなかったんじゃないか。担任の顔に後悔が滲む。

 当の生徒たちも気が付き始めたようだ。「えー」と目をひん剥いて驚いたり、「キャッ」と叫んで怖がったり、「何々」と気味悪がったり、中には面白がっている者もいた。

 みんな、座敷ボッコがいると認識しているようで、顔を向かい合わせて、誰が座敷ボッコなのだろうかと、ガヤガヤと騒ぎだした。

 そのうち、他クラスの生徒たちも気が付き始め、さらに騒ぎは大きくなった。先生陣が騒ぎを鎮めようと「静かにしろ」「静かに」と注意するが、2組の生徒数の多さに気が付くと、すっかり黙り込んでしまった。

 学年主任だけは、気が付いているのか、気が付いてないのか、未だに誰1人聞いちゃいないくだらない話を長々と続けている。前からだと生徒が増えた事は分かりづらいのかもしれない。

 担任は、腕を組み考え込む。何とかしなければならない。こうなったら、どの生徒が座敷ボッコなのか明らかにするしかない。

 正体を暴けば消えていなくなるはずだ。しかし、座敷ボッコというのは、1人も知らない顔がなく、1人も同じ顔がなく、誰が増えたのか、どうしてもわからないのだ。果たして見極める事が出来るだろうか。

 だからといって、指を咥えて見ていても何の解決にもならない。可愛い教え子だ。さすがに分かるだろう。このクラスを受持って随分になる。生徒とは向き合ってきたつもりだ。思い出だってある。担任教師の威信にかけて、座敷ボッコを白日の下に晒してやる。

 担任は先頭の生徒から順番に、生徒なのか、座敷ボッコなのか、判断していくことにした。ひとりひとり顔を見て、名前を言っていく。座敷ボッコなら名前は出てこないはず。

 列の先頭は、杉山涼平。紛れもなくうちのクラスの生徒だ。女子の先頭は、田中二葉。彼女もれっきとしたうちのクラスの生徒だ。次は、日野悠馬。はい、はい、まさしくうちのクラスの生徒。次が、米沢結奈。副委員長の米沢ね。うちのクラスの生徒。この調子なら、簡単に見分けられるかもしれない。

 次は、田淵颯介。目立ちたがり屋でクラスのムードメーカー。うちのクラスの生徒だ。次は、河野千夏。毎朝花壇の水やりをしてくれている心優しい女子。うちのクラスの生徒。その次は、成瀬晴樹。確か自宅が学校の目の前なんだよ。うちのクラスの生徒。次は、芝原恵。給食を食べるのが遅くて、いつも掃除の時間までかかってしまう。うちのクラスの生徒だ。次は…

 担任は生徒の名前を順番に言いながら、ついに列の最後尾までたどり着いた。列に並んでいる全ての生徒の名前を言えてしまった。コンプリート達成だ。

 1人も知らない顔がなく、1人も同じ顔がなく、誰が増えたのか、どうしてもわからなかった。
「座敷ボッコ恐るべし。完敗だ」
 担任は肩を落とす。
 
 しかも生徒数はだいたい70人ぐらいだろうと思っていたが、勇気を出して数えたら81人もいた。34人だった生徒数が81人。47人も増えた。生徒数より座敷ボッコの方が多いことになる。

 増えすぎだろう。2人に1人以上は座敷ボッコじゃないか。それなのに、何故、見抜けなかったんだ。

 座敷ボッコはいずれ消えていなくなるのだろうか。担任は座敷ボッコの話の結末はどうだったか思い出す。

 子供たちが10人から11人に増えて、この中の1人が座敷ボッコだとなる。けれども、誰が増えたのか、とにかく皆、自分だけは、座敷ボッコではないと言い張る。それで物語は終わっている。それ以降、どうなったんだ。座敷ボッコは消えたのか。ずっと存在し続けたのか。

 担任は81人の生徒が並ぶ列に今一度目を向ける。このまま座敷ボッコが消えなかったら、どうなる。

 朝の集いが終わった後は、食堂へ移動しての朝食。34人分の朝食を81人で食べることになる。大家族の食卓どころの騒ぎじゃないぞ。料理の奪い合いが起こり、血を見る事になるかもしれない。

 朝食の後は、林間学校を締めくくるクラス対抗レクリエーション。種目は、クラス全員での大縄跳び、クラス全員リレー。完全に不利だ。勝ち目はないだろう。

 学校に帰るバスだって、81人全員は乗れないだろうな。もう1台チャーターするしかないか。

 それでも、学校に到着して、林間学校が終わった時点で、座敷ボッコが消えてくれたのなら、被害は最小限だ。

 だけど、通常の授業が始まってもまだ居座り続けられたら…81人の生徒を受け持つ事になるのだ。

 担任は重荷に感じる。34人でも手一杯なのに、81人なんてとてもじゃないが、1人では対応できない。

 それでなくても、小学校教員は目が回るほどの激務だというのに…。

 そもそも今の教育現場は破綻している。多忙すぎる業務、生徒指導、モンスターペアレントの対応、やることが無限にある。あげればきりがない。生徒が増えれば、その分教師の負担も増える。これはもう、1人では抱えられる問題ではない。

 宿泊施設のその部屋は、異様な光景だった。

 5年2組の担任の呼びかけで、林間学校の引率でやってきた先生たちが集まっている。目を血走らせ、気迫に溢れた顔なのは、今後の行く末はこれにかかっているからであろう。気持ちは一つであった。

 先生たちは、両手をつないでまるくなり、「大道めぐり、大道めぐり」というかけ声を発しながら、ぐるぐるぐるぐる部屋のなかをまわる。こうなったら、教員を増やすしかない。

座敷ボッコたち・終
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み