第23話 いでよ!タイムマシン!

文字数 4,160文字

 僕の通う小学校から急な坂を15分ほど登った場所に、小さな公園があった。その公園には、遊具と呼べるものは鉄棒しかなかったので、みんな〈鉄棒公園〉と呼んでいた。

 不便な場所にあるので、公園に来るのは僕たちのような近所に暮らす人たちくらいだ。平日の午後ともなると、ひっそりと静まり返っている。その日も学校帰りに、友達2人と公園に立ち寄ったんだ。

 公園には僕たち3人の他に、誰もいない。それが僕には都合が良かった。余計な人に見られる心配が無いので、心置きなく実験を試みることが出来る。

 実験の話をする前に、事の経緯を話しておこう。公園に立ち寄った僕たちは、ベンチに座って昨日の夜にやっていたお笑い番組の話をしていたんだ。

 話の流れから、どういうわけか、僕たちが大人になる頃には、タイムマシンが発明されているか、発明されていないか、という話になった。

 もちろん僕は、タイムマシン実現可能派。対して2人は、タイムマシン実現不可能派だった。たまにこういった口論になるんだけど、いつも僕VS 2人になる。2人が示し合わせているのか、僕が変わり者なのか、毎回2対1になる。そして数の差もあり、たいがいは言い負けて、悔しい思いをするんだ。

 だけど、今回は負けるわけにはいかない。何を隠そう、僕は大人になったら科学者になって、タイムマシンを発明したいと思っているんだ。こんな事、恥ずかしくて、2人には言えないけどね。

 夢は口に出せば叶うって言うけど、成績も良くない僕が、科学者になりたいなって言ったら、馬鹿にされるだけだ。とにかく、科学者を目指す僕としては、ここは譲れないわけよ。

「車の自動運転も実現したし、人間は何だって可能にしてきた。タイムマシンだって絶対に造れるはずだ」

「さすがにタイムマシンは無理だろう」「SFの話だよ」
 2人は鼻で笑った。

 しばらく言い合いは続いたが、話は平行線のまま。2人はこの話題に飽きていた。

「未来の事をああだこうだ言ったところで、分かりっこないんだ。もうやめようぜ」
「そうだな。時間の無駄だ」

 僕はまだ終わらせたくなかった。空が赤く色づきはじめ、公園内が幻想的に映る。何かが起こるとしたら、こういう時のように思えた。実は、タイムマシンが実現可能か確かめる方法を前から思いついていたんだ。

 僕は勇気を振り絞り、2人に言った。
「タイムマシンが発明されるかどうか、今から実験をして確かめてみないか」

「え、実験!?」
 2人は意味不明という顔をする。

「ここにタイムマシンを呼んで、やってくるかやってこないかを確かめるんだよ」

「何だよそれ。ふざけているのかよ」

「ふざけてなんてないよ。タイムマシンが発明されたら、未来でも過去でも行けるんだから、ここにだって来られるだろう」

「そうかもしれないけど…ここにどうやってタイムマシンを呼ぶんだよ」

「それは、任せてよ」
 そう言って僕は、ランドセルを開けて、使えそうな紙を探す。適当なものがなく、こないだ買ったばかりの理科のノートを取り出す。ノートを開くと、最初の数ページに授業内容が書き込まれていたので、ビリビリとその数ページを切り離す。このノートをタイムマシン専用の特別なノートにしよう。あとは書くものがいる。消えないようにボールペンの方がいいな。筆箱から赤色のボールペンを取り出し、これで道具は揃った。

「おい、さっきから何やっているんだよ」「いい加減、どうやってタイムマシンを呼ぶのか言えよ」
 ほったらかしにしていた2人が、痺れを切らせて言う。

「ああ、ごめん、ごめん。タイムマシンをここに呼ぶには、未来の僕にコンタクトを取る必要があるんだ。それには、未来の僕に手紙を書かないといけないんだよ」

「未来の僕!?」「手紙!?」
 2人は戸惑ったように顔を見合わせる。

 僕はノートを開き、最初のページに赤ペンを走らせる。手紙と言ったが、そんなたいそうなものではなく、メッセージ程度のものだ。書き終えると、2人にノートを見せる。

《未来の僕へ。僕が大人になったそちらの世界には、タイムマシンは発明されていますか。タイムマシンが発明されていたら、202X年〇月〇日17時35分に鉄棒公園へ来て下さい。過去の僕より》

「未来の僕が、タイムマシンに乗りここに来るためには、今日の日付、時間、場所を知らないと、来られないからね」

「それをどうやって未来に届けるんだよ」「そうだよ。郵便で出すなんて言うなよ」
 2人は笑う。

「そんな難しい事でもないんだ。たった2つの事をするだけで、この手紙は未来に届くんだよ。まずひとつは、このノートを生涯大切に保管する事。もうひとつは、ノートの存在を生涯忘れない事。それでこの手紙は未来の僕に届く」

 手紙を未来へ送るのではなく、手紙を大人になるまで保管することによって、未来の自分に届けるという原理である。

 理屈が分かったのか、分からなかったのか、2人は眉間に皺を寄せ黙りこけていた。僕は構わずにこう続けた。
「未来の僕が、この手紙を受け取って、タイムマシンでここにやってくれば、タイムマシンが発明されているという事だから、僕が正しかった事になる。逆にやってこなければ、2人が正しかったという事になる」

 タイムマシンの議論では、高速で進めば未来へ旅行することは理論的に可能だが、過去への旅行は不可能であると言われている。また、未来からの時間旅行者がいないのが、過去に向かうタイムマシンが存在しない証拠だとも言われている。でも僕は、未来からの旅行者がいないのは、現在が人気のない旅行先だからだと考えていた。戦国時代や恐竜がいた時代へ行ってみたいと思う人は多いかもしれないが、何の面白味もないこの時代に、誰が来たいと思う。だから、ここに来てもらうには、この日の事を思い出してもらい、旅行先に選んでもらわないといけないんだ。

 ノートをランドセルの中にしまう。これを無くしてしまったら、タイムマシンが発明されていても、ここへは来られない。家に帰ったら、鍵のかかる場所に入れて保管しよう。まだお年玉が残っていたから、金庫を買おうかな。

 僕は公園にある時計台を見た。ノートに書いた未来の僕との待ち合わせ時間は、今日の17時35分。今の時刻17時34分、20秒を過ぎたところだ。30秒が過ぎた…40秒…50秒…
「後、10秒だ」僕は言った。

 2人の顔が強張る。僕は時計台の秒針を見てカウントダウンを始める。
「5秒前」
「4」
「3」
「2」
「1」
「いでよ!タイムマシン!」
 僕はそう叫ぶと、目の前を鋭く指差した。咄嗟に思いついたキメ台詞のわりには、しっくりくる。

 2人とも僕の勢いにつられて、僕の指した方向に目を向ける。さぁ、どうだ。タイムマシンはやってくるのか?こないのか?発明されているのか?いないのか?どっちだ!
「……」
「……」
「……」
 しばし待ったが、タイムマシンはやってこなかった。

「何だよ。来ないじゃん」「ビビって損したよ」「ほらな。やっぱりタイムマシンは発明されないんだよ」「イエーイ、俺らが正しかった」

 タイムマシンが発明されないのが、どうしてそんなに嬉しいんだ。僕は苛立ち、このままでは終われないと、もう一度試した。

「いでよ!タイムマシン!」
 大声を張り上げ、目の前を鋭く指さす。2人とも、僕の指した方向に視線を向ける。しかしまたしてもタイムマシンはやってこなかった。結果は同じだった。それでも諦められなかった。絶対にタイムマシンは発明される。もう一度だ。

「いでよ!タイムマシン!」
 大声を張り上げ、目の前を鋭く指さす。2人はもう指した方すら見なかった。しかし3度目の正直でもタイムマシンはやってこなかった。もう一度だ。

「いでよ!タイムマシン!」
 大声を張り上げ、目の前を鋭く指さす。タイムマシンはやってこなかった。もう一度だ。
「いでよ!タイムマシン!」
 大声を張り上げ、目の前を鋭く指さす。タイムマシンはやってこなかった。もう一度だ。

「もういい加減にしろよ」「そうだよ。見てられないよ」
 2人は呆れかえっていた。

 僕の目に涙が浮かび今にも流れ落ちそうだった。2人が正しかったと認めるのが嫌なんじゃない。僕の夢が叶わないと認めるのが嫌だった。夢を口に出していないから、叶わないのか。だったら、言ってやるよ。
「僕の夢は、科学者になってタイムマシンを発明する事なんだ」

 唐突にそんな事を聞かされても、2人はリアクションに困るばかりだった。だけど、これで、タイムマシンは来るはずだ。

 僕は大声を張り上げ言った。
「いでよ!タイムマシン!」
 それでもタイムマシンはやってこなかった。畜生、どうして来ないんだ。僕の夢は叶わないのか。嫌だ。そんなの嫌だ。

 堪えていた涙が頬を伝っていく。ここで諦める事は、夢を諦める事に思えた。僕は大声を張り上げ何度も何度も叫び続けた。
「いでよ!タイムマシン!」「いでよ!タイムマシン!」「タイムマシン!」「タイムマシンってば~」

 酸欠状態になり、気が付いたら地面に座り込んでいた。どれぐらいそうしていたのか、辺りはすっかり暗くなっていた。周囲を見渡すと、既に2人はいなかった。
 
 僕も帰らないと。外灯の光に照らされたランドセルに気が付く。よたよたと外灯の方へと歩き出し、ランドセルを肩にかけた瞬間、無償に腹立たしい気持ちが込み上げてくる。

 ランドセルを下ろして、中からタイムマシン専用のノートを取り出す。こんなノートを持っていたって、タイムマシンが発明されないのなら意味はない。僕はノートを公園のゴミ箱に投げ捨てた。

 懐かしい思い出だ。何十年も前の事だから、正確な日時が分からないんだ。でも今でも時々思い出す。僕は何て取り返しのつかない事をしたんだろうって。何であの時、ノートを捨てたりしたんだろうってね。

 ノートをずっと持っていれば、過去の僕が「いでよ!タイムマシン!」と叫んだところに、ボワァーンとこのタイムマシンで登場していたのに。そしたら2人も「参りました」なんて言って、僕が正しかった事を認めただろうにな。

 あーあ、せっかくタイムマシンを発明したのに、行き先が分からないんじゃ、行けない。仕方ない戦国時代にでも行くか。

いでよ!タイムマシン!・終
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