第13話 よくばりの代償

文字数 1,509文字

 陽は沈み、静かな闇が辺りを包む。ワタシはある研究施設に忍び込み、タイムマシンを盗み出そうとしていた。

 正直、ここに来るまでは眉唾物だと思っていたが、さきほど何もない空間から眩い光が発せられると、次の瞬間どこからともなく車型のマシンが現れたのだ。まさか本当にタイムマシンがあるなんて。

 これで妻と娘を救う事ができる。半年前。妻が運転する軽乗用車とトラックが正面衝突し、妻と同乗していた娘はこの世を去った。

 事故の原因は、トラック運転手の脇見運転だった。愛する家族を奪った憎き相手も、事故で死亡した。やり場のない悲しみと怒りだけが残った。

 タイムマシンの運転席に座ったワタシは、ダッシュボードに埋め込まれた液晶ディスプレイと向き合う。

 『年』・『月』・『日』・『時』・『分』と入力して行先を設定するようだ。未来でも過去にでも行けるようになっている。

 妻が事故に遭う日を打ち込もうとして、ふと手が止まる。頭の中に、交通事故被害者家族の会で出会った人たちの顔が浮かんだのだ。

 月に一度開かれる交通事故被害者家族の会。同じ境遇の者たちが集まり、失った家族への想い、今置かれている自分の辛さなどを発表する。

 ワタシも友人の勧めで参加するようになり、孤独を慰められ、励まし合って、前を向いて生きていけるようになった。

 彼らがいなければ、悲しみと怒りの渦に飲み込まれ、廃人のようになっていたかもしれない。自分だけが家族を取り戻し、救われていいのか。

 ワタシはしばらく考え、ある計画を思い付いた。

 タイムマシンの液晶ディスプレイに行先を入力して、キーを回しエンジンをかける。車型タイムマシンは、ゆっくりと車庫から出ると、目の前に広がる滑走路へ滑りだす。アクセルに置いた足に力を加える。

 タイムマシンは急加速し、ピカーッ!と眩い光を発すると、次の瞬間、跡形もなく消え、遠い過去へと旅立っていった。

 1769年。タイムマシンを町外れの茂みの中に停車させたワタシは、ある男を探しに町に向かった。

 町に着くと早速聞込みを始める。名前を出すと、たいがいの者は知っており、すぐに居場所を突き留められた。この辺りでは、男は変わり者として有名なようだ。
 
 住宅街から少し離れた場所にポツンと一軒家がある。ここが男の自宅兼仕事場のようだ。夜になるのを待ち、裏口から忍び込む。

 目当ての男は、書斎の机に向かって、何やら図面のようなものを書いていた。ワタシは足を忍ばせ、ゆっくりと背後に回った。

 そして予め用意しておいたロープを男の首にかけると、一気に締め上げる。こいつさえいなければ、多くの者が救われる。

 この男は車の原型になったといわれる、蒸気で走る自動車を発明する男だ。この男がいなければ、この世に車は存在しなかったとまで言わしめる、車の生みの親である。

 年間3千人を超える人が交通事故でこの世を去っていく。車なんかがあるからだ。こいつさえ、いなければ~。

 念の為、家に火をつけ図面なども処分する事にした。燃え盛る家から出たワタシは、タイムマシンを隠してある茂みへと足早に向かう。

 とっととこの時代から去ってしまいたかった。早く妻と娘の顔が見たい。しかし…

 ない、ない、ないぞ。懐中電灯を照らし、いくら茂みの中を探しても、何処にもタイムマシンがないのだ。どういう事だ。レッカーされたのか…。冗談を言っている場合ではない。

 茂みの中を探し回っているうちに、タイムマシンがどんな形だったか分からなくなっていた。頭の中から、何かがすっぽり抜け落ちている気がする。

 あれは、なんという形だった?何型のタイムマシンだった?まるで思い出せない。

よくばりの代償・終
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