第20話 夢の不老不死

文字数 1,794文字

 いつもは熱気に満ち溢れた研究室に、静寂が訪れていた。室内は荒らされ、金庫はこじ開けられ、博士は結束バンドで手足を縛られたまま床に転がされている。

「これが不老不死の薬か」
 金庫から取り出した紫色の錠剤が入った瓶を手にして、強盗は言った。

 いくぶん落ち着きを取り戻した博士は、強盗の顔をまじまじと見て、清掃作業で施設を出入りしている男だと気が付いた。やはり部外者を入れるべきではなかったと後悔する。薬の事は危機管理能力の欠けている研究員が話しているのを聞いて知ったのだろう、と顔をしかめる。

「その薬から、手をはなせ」
 博士は縛られた体を揺すりながら言った。

「その慌てぶり、これに間違いないようですね。それにしても、よくもまぁ、こんなモノを作りましたね」

「お前、それをどうするつもりだ」

「もちろん、一粒飲んで不老不死になり、残りは売って金にするんですよ」

「馬鹿な真似はよせ。今、世界で問題になっている人口増加に拍車を掛けるではないか」

「博士、自分で開発しておいて、よくもまぁそんな事を。まさか自分だけが不老不死になって、良い思いをしようなんて思っていたんですか。利己的過ぎやしませんか」

「違う。そんな事は考えた事もない」

「どうだか」

「開発したのは間違いだったんだ。後悔している。だから頼む、返してくれ」

「博士、もう黙って下さい」
 強盗は博士の額に拳銃をつき付けた。博士はぶるぶると震える。

「その震えよう。どうやらまだこの薬を飲んでないようですね」

「飲むわけがないだろう」

 その言葉に強盗は一抹の不安を覚える。
「何故飲まないんです。副作用があるとか?それともまだ完成していないのですか?」

 博士はそれには答えず「悪い事は言わない。薬を返してくれ」と懇願する。

「そういうわけにはいきませんよ」

 強盗だって生半可な気持ちで研究室に押し入ったわけではなかったので、準備をしてきていた。
「こんな事もあろうかと思いましてね」

 強盗は実験用に飼われているハムスターの所に行き、不老不死の薬を一粒飲ませた。特に異常が現れないことを確かめると、カバンから、小さな黒い袋を取り出し、中に入っている錠剤をハムスターに飲ませる。

「これは自殺者がよく使う毒薬で、全く痛みを感じず一瞬であの世に行けるという代物です。さて、どうなるかなぁ」

 ハムスターの様子を伺うが、先程と全く変わりなく動き回っていた。

「すばらしい。それにしても化学の進歩には驚かされます。では早速、私も不老不死になるとしますか」

「やめろ!」
 博士の声も空しく、強盗はあっさりと不老不死の薬を飲んだ。ゴックン。

「俺は無敵だ!!」
 強盗は歓喜し、博士は大きく溜息を漏らした。

 用は済んだ。もうここにいても何の意味もない。とっととこの場を去ろうと、残りの不老不死の薬をカバンに入れ、強盗は出口に向かったその時―

 ドン!と棚の角に足の小指をぶつけた強盗は、うずくまる。

「ゔぅうううう~、痛い。痛い。博士、どうなっている。薬を飲んだというのに、痛いじゃないか。ゔぅうううう~、騙したのか」

「騙す!?人聞きの悪い事を言わないでくれ。君は紛れもなく不老不死だよ」

「じゃあ、どうして痛い」

「そりゃあ、足の小指をぶつけたら誰だって痛いに決まっているだろう。だけど、安心したまえ。君は決して死ぬことはないよ」

「当たり前だ。不老不死で無くても死なないわ」

「まぁそれもそうだな。だけど君の場合は、ハムスターに使った毒薬を飲んでも、拳銃で額を撃ち抜いても、死にはせんよ。ただ、凄く痛いだろうけどな。それこそ、死ぬほど痛いんじゃないか」

「…死なないが…痛みはあるという事か…」

「そういう事だ。それに老化はしないが、風邪もひくし、虫歯にだってなる。不摂生をすれば、糖尿病、痛風にもなる。ガンや脳梗塞といった重篤な病気にだって掛かる事もあるから気をつけろ。もちろん死ぬことはない。だけど、痛いし、苦しいし、辛いだろう。病気が完治すればいいが、しなければ、永遠に続く延命治療のようなものだ」

 小指をぶつけた痛みは和らいだが、強盗は顔を歪めたままだった。博士は哀れむような目で強盗を見た。そしてこう告げた。

「この薬は、死刑では足りない凶悪犯罪者への刑罰のために開発したものなんだよ。永遠に続く痛み、苦しみ。死刑よりもさらに重たい刑、本当の無期懲役だ。それを自ら飲むなんて」

夢の不老不死・終
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