第二部 猫姫:(7)安全な所

文字数 3,081文字

二人は、指南の聞いた知見に基づいて山道をどことなく進んでいっただて。
「お姫様、これから、あっしがお姫様を誰も知らない所へご案内します」
「誰も知らないとなると、指南も知らないと言うことになるな。どうやって知らない所へ案内するのか?」
「お姫様はまだあっしの才腕をご存知ないようで。あっしは、お姫様を永遠の果てにご案内しようとしているのですよ」
「だが、ほんとの永遠だったら、どんなに歩いても行き着くことは出来ないであろう」
「んー! 兎に角、あっしを信じて付いてきて下さい」

「ところで指南、あのマメは、わたしの事を『お姫様ごっこ』とかぬかしたよな」
「確かにそうですが......、お姫様、どうか、あんな奴の事はお忘れ下さい」
「心配するな。もう忘れている」

「ところでお姫様、マメ山賊の所では何事もありませんでしたか?」
「『何事』と言うのはどういう事か?」
「あ〜、その〜、マメ山賊野郎が無闇に優しかったりとか......」
「あぁ、マメは、優しかったと言えば優しかったかな」
「えっ? ほんとに何事もありませんでしたよね?」

「その、『何事』と言うのが何なのか、はっきり言ってくれないと分からないではないか」
「例えば......、棒を使うとか」
「そうか、棒を使うべきだったのか!」

「お姫様!」
「わたしは、指南から受け取った眠り薬を酒に入れたのだが、マメだけは自分の酒を飲んでいたようだ。それで、どうやって、マメが追って来れないようにするか必死に考えていた。その時は棒で頭を叩くという考えは浮かばずに、包丁で足を刺したのだ」
「えっ、まさか、どの足を刺したのですか?」
「どのって、そんな事覚えている訳がない。どっちにしても、左右は関係ないだろう?」

「あ〜ぁ、お姫様、どうやら大丈夫の様ですな」
「当たり前だ。ところで、指南......。ん〜、いえ、あんたって呼んで良い? あたし達、これから、めおとになるんだから、もう、お姫様ごっこは辞めて、めおとごっこにしましょうよ。あたし、あんたのお嫁さんになるの、とっても嬉しいんだから」

「お姫様......、その、お前。それは嬉しいに越したことはないのだが......。だけど、一つ聞いていいか? お前、今までに男を好きになった事があるか?」
「何でまたそんな事を! 今まで、あんたのようにあたしの事を守ってくれた男はいなかったでしょ?」
「でも、お前、それは、お前が、男と言えば、あっしの事しか知らないからじゃないか? 他の男の事は知らないんだろう?」

「マメは?」
「えっ、やっぱり関係したのか?」
「それは、何日も監禁されていたんだから関係がないとは言えないでしょう?」
「あのマメ山賊の奴!!」
「でも、マメなんて、あんたとは比べ物じゃぁない。そうでしょう? あたしにとって、あんたの方が大物でしょ?」
「マメ山賊めー!!!」

「ところで、どうしてそんなにマメにこだわるのですか? もしかして、それって、ヤキモチっていうもの? そうだとしたら、心配しないで。あんな奴、指一本触れたくなかったから」
「何?! 指一本触っていない?」
「当たり前ですよ。あたしの触りたい物、知ってるでしょ!」
「ふ〜。しかし、もう完全に、めおとごっこに成りきっているな」
「だって、今までず〜っと、あんたと、めおとごっこする事ばかり考えていたのですから」

「ところで、あんた、少しばかり気なったのだけど......。あんた、ほんとに盗人だったの?」
「なんだ、お前、急に。違うよ。違うって」
「そう? だって、あんた、あたしの胸の内にしまってあった物、盗んだでしょ」
指南は内心思った。盗まれたのはあっしのだと。

二人が何週間も掛かって辿り着いた所は、人里離れた山の中。一番近い人家に行くのにも何日も掛かる。それが一体どこなのか、姫の王国の権力下なのかどうか、姫には全く検討もつかなかった。そこには、かつて誰かが住んでいたと思われる小さな廃屋があり、周りは草ぼうぼうだ。指南は得意になって言った。
「これが、あっしらの山中宮殿だ。お前の元居た所と比べたら、猫の額だがな」
「あんた、あたし、もう宮殿はまっぴら。ここは、山御殿と呼びましょう」

二人は、まず、廃屋を何とか住める様にし、菜園の場所を決め、弓矢を作って狩りの準備に掛かった。幸いそこには、オレンジ色の果物がなる木が何本かあり、それは、すぐに食べることが出来た。

「あたし達の山御殿。小さくても、オンボロでも、宮殿に居るより幸せ」
「お前、この短い期間で、随分と変わったなぁ。元やんちゃ姫とは思えない。まぁ、成長したという事かな〜」
「あんた、こう見えても、あたしは、もう立派な大人ですよ。大人として扱って下さいな! じゃ〜、一仕事したら、かくれんぼする?」

それからは、二人の自給自足の生活が始まった。全て二人一緒に、近くの山でキツネやイノシシ等の動物を狩り、菜園で野菜を栽培した。たまには、人里に出て、毛皮と引き換えに、調理用品や衣服等を手に入れた。当然、楽な生活ではなかったが、二人共、極楽にいるかのように楽しそうだった。

「ねぇ、あんた。あたしって、宮殿に居た時と今と、随分違うって言ったけど、どっちが本当のあたしなのかしら?」
「お前は時々面白いこと言うよな。それでは、あっしの博識ある所を見せて進ぜよう。物事には、常に二つの側面がある。ひとつは、その物自体。もう一つは、その物のありとあらゆる特徴によって理解されるということだ。お前は、お前自信という物だし、同時にいろいろな特徴の重ね合わせでもある」
「あんた、どこでそんな事を学んだの? あたしは宮殿でいろいろな事を叩き込まれたけれど、そんな事は一度も」

「そうだろう。これは、西洋からの旅人から聞いた話だ。そいつの鼻はやけに尖っていて、言うなれば、天狗だったな」
「あたしも天狗の話は聞いたことがある」
「当然、その天狗はここいらの言葉は話さないんだが、通弁とか言う者を三人も連れていた。それで、その三人を合わせると、十もの言葉が解り話せると言っていた。まず、その天狗の言葉を通弁第一が違う言葉に言い換え、それを通弁第二がまた違う言葉に、仕舞には、通弁第三が、ここいらの言葉に言い換えたという訳だ」
「それでは、あんた、言葉遊びの様に、仕舞にはとんでもない話に変わってしまったのではないの?」

「まぁ、そういう事だったかも知れない。いずれにしても、お前には、今でも昔でも変わらない、お前自信というものがありながら、お前の特徴というのは、今と昔では、かなり違った物になっているという事だな」
「あたしには、分かったような、分からないような」

「そうだろう。実は、あっしにも良く分からない。ついでに、他で聞いた話だと、東洋の教えの中には、その何とか自信なぞと思っているのは幻想で、本当は、万物の特徴という物があるだけだとも言う。つまり、あっしら、自分自信と感じている事自体、幻想なんだそうだ」
「あたしは、余計に混乱してきましたよ」
「そんなもんだろう、教養なんていうものは。役には立たん。兎に角、あっしにとって、お前はお前だ。初めてあった時から、今の今まで、変わらない。その、かなり幼稚ではあるが、すこぶる飲み込みの早い性格がたまらない」

山中に避難して何ヶ月か経った。その間に姫の体調に変化があった。
「あんた、あたし、少し太ってしまったかしら。それに、何だかいつもお腹が空いていて」
「ちょっといいか?」
指南は姫のお腹に手を当ててみた。
「お前、お目出度だ! ここに手を当ててご覧。赤子の心臓の音が聞こえる!!」
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