第二部 猫姫:(5)強盗

文字数 2,970文字

翌日、姫と指南が街道を歩いていると、どこからともなく男どもが現れ、あっという間に二人を取り押さえ、縛り上げただて。そして、荷車に乗せると即座にその場を離れた。二人は人里離れた隠れ家のような所に連れて来られ、縛られたまま家の中に入れられた。その時、親分と思われる男が口を開いた。
「ようこそ、天下の盗人、人呼んで『至難』だな。そして、『お姫様』かな?」
指南は必死に縄を解こうと、もがきながら言った。
「どうしてあっしの事を知っている?」

「馬鹿げた質問するな。この業界でお前の事を知らない者はいないぜ。それに、この『お姫様』がそう呼んでいたではないか。ところで、俺様の事がわからないようだから教えてやろう。山賊中の山賊、『大山賊』だ」
「はっ! 一応聞いたことはあるな。だが、『大』と付けるのは大げさじゃないか? どっちかと言えば、マメ山賊の方があってるぞ」

「黙れ! このヘボ至難め。どう考えたって、俺様のほうが大きいだろう」
「いや。あっしの方がもっと大きい」
「嘘つけ。俺様の方が一層大きい」
二人ともムキになって、一向に止まる気配がない。すると、周りに居た大山賊の手下でさえ呆れ出し、その内の一人が割り込んだ。
「しばしお待ちを。これでは、いたちごっこでござる。ここいらで決着をつけないと」
次に、他の手下が言った。
「確かに大山賊様のものは俺たちの誰よりも大きい。おい、ヘボ至難、お前を応援する者はいるのかな? 例えば、こちらのお姫様はどうかな?」
と言って、姫の方を向いてにやりとした。

この時までに、姫の頭の中は相当に混乱していた。だが、どんどんと大きくなる怒りを抑えられずに言い放った。
「そこのマメ山賊と一味ども......、この指南を捕まえて盗人とかヘボとかぬかすな! 指南はお前たちと違って、頭を使う指南役だ。お前たちのように暴力なんか使わない。だから、刀なんか必要がない。それなのに、刀の大小に何の意味があるか?!!」

そして、姫はもう一言付け加えた。
「反逆罪で牢に閉じ込めてやるぞ!!」
指南が慌てて口を挟んだ。
「お姫様、ここはお任せ下さい。あっしが何とかしますから」
すると、大山賊が、さも可笑しいという表情で言った。
「ほんとに、笑わせる連中だな。二人共頭が可笑しいに違いない。ヘボ至難の格も相当に落ちたものだな」

その後暫くの間、大山賊も指南も、お互いに相手側の出方を探っている様子だった。次に口を開けたのは大山賊だった。
「ところでだ。どういう訳でこの小娘が姫だと言いはるのか考えてみたんだ。最初はお姫様ごっこか、単に頭が可笑しいのかと思った。だが、お前が大金を持っていた事を考えると、確かに何かしら有る。それに、そのお姫様ごっこ、まぁ、かなり様になっているしな」

姫は今にも怒鳴り散らしそうな形相だったが、指南が抑えるように目配せしてから言った。
「ほ〜、マメ山賊も一応考える頭があるのか。どれ、お前の考えを言ってみろ」
「よし、言ってみよう。まず、この小娘、お前に良くなついているから、どこかで猫ババした訳ではなさそうだな」

「ふむ」
「そうではなくて、この小娘、実際に、どこか、ちっぽけな国の姫なんだろう。そして、この王国の大臣か誰かに嫁ぐ予定でやって来た。ところが、例の政変で計画はご破産になった。体裁上、出戻りすることもできず、そのちっぽけな国は、姫の新しい嫁ぎ先が見つかるまで、お前に姫を預けている。とまぁ、そういう推し量りだ。それだと、全て説明がつくんだがな。どうかな?」

「おい、マメ山賊。あっしはお前の事を少し見くびっていたようだな。なかなか、鋭い推理じゃないか。見直したぞ。縄を解いてくれ」
「じゃぁ、解いてやろうか、と言うのは嘘だが。それでも、天下の至難に褒められて嬉しくない訳はないな。と言っても......、それは嘘だろう」
「ハッハッハ。あっしは嘘はつかないと言いたいところだが......、そりゃー、嘘をつかない訳にはいかないからな」

「何? 待てよ。今『つかない訳にはいかない』と言ったな。その〜、二回『ない』が付いているから、つまり嘘をつくと言っているのか? そして、それも嘘か? だが、そうだったら、嘘をつかない事になるのに、実は嘘をついているんだから、真っ逆さまだ。何かおかしい。逆に〜、もし、嘘をつくと言う事自体が嘘だったら、嘘をついてないという意味で、これまた真反対だし......」

大山賊が頭をひねっている内に、指南は何とか縛ってあった縄を解いた。そして、大山賊に飛びつこうとした。ところが、そのとたんに後ろに居た手下に棒で頭を殴られ、床に倒れて意識を失った。姫はうろたえた。大山賊は何事もなかったかのように言った。
「いつまで経っても、ヘボはヘボだな」
今度は、手下に向かって聞いた。
「ところで、至難の持金は全部取っただろうな?」
「へい」
「それなら、殺して、どこかに捨ててこい」
あまりの事に、姫は縛られたまま気を失った。

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姫が目覚めた時、そこは床の中だった。そして、横には大山賊が座っていた。
「お目覚めですか、お姫様」
姫は観念した。この男はあんなに簡単に指南を殺してしまうような奴だ。自分だっていつ殺されるか、どうされるかわからない。それに、すでに宮殿の人々は皆死んでしまった。自分だけ生きていて何の意味があるのか? 姫は、短い間ではあったが、指南と過ごした日々を思い起こした。それに、あの時、ほんとに指南の嫁になっても良いと思ったではないか。めおとごっこをもっと先まで進めておけばよかったのにと後悔した。

姫はきっぱりと言った。
「おい、マメ山賊。わたしの事も殺せ」
「お姫様、俺様の事をそんな風に呼んではいけませんぞ。お姫様は、これから、俺様に嫁ぐ人なんですから」
姫は大仰天した。こんな奴の嫁になるなら、ほんとに死んだほうがましだ。
「わたしは、マメの嫁なんかにはならんぞ。殺せ」
「まぁ、そぉ、強情をはらずに、もう少しお休みなされ。いずれ、時が解決してくれることでしょう」

それから何日もの間、姫は水以外何も口にしなかった。本気で死のうとしているような態度だった。その間、ウトウトすることが多くなり、夢うつつで、大山賊の手下が話しているのを聞いたような気がした。
「それがよ〜、至難の死体が見つからんのだが」
「まさか、いくら至難でも死なん訳は無いだろう」
「あ〜、もしかしたら、動物が持っていったのかもな」

それから、やはりウトウトしている時に夢の中に指南が出てきた。指南が川の水の中に隠れていて、川に入ろうとした姫のすぐ前に素っ裸で出てきて思いっきり抱きついたのだった。興奮して目が覚めた時、おぼろげながら、部屋の隅に、穴から出てきたネズミが居るような気がした。姫は、ネズミが怖かったので、声をあげようとしたが、体力がなく、声は出なかった。

しかし、次の瞬間気がついたことは、それは、細い棒の先にくくり付けられたおもちゃのネズミだという事だった。そのネズミのしっぽには、何かおみくじのような小さな紙が結び付けられていた。部屋に誰も居ないことを確かめてから、ない力を振り絞ってその紙を取った。そして、広げて読むと次のような事が書いてあった。
「コオロギのしっぽをなめた子猫かな。虫の知らせを心に秘めよ」
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