幕間の余談

文字数 1,494文字

さて、ここで少し寄り道をして、例の王妃の身の上について若干付け加えておきます。王妃は、貴族の娘として生まれました。その家系の一番の特徴は、誰も表情がないということでした。当然、そのような家族には暖かい人間関係も欠けているものです。普通の社会では、そのような人間たちが周囲の人々と上手くやっていくことは難しいでしょう。ところが、この貴族は皆、沢山の資産を使って不都合な事はすべて難なく片付けていました。

そのような環境で、王妃は、他人の表情を読むという、普通の人々には極普通の能力が発達する必要がなく育ってしまったのです。

それでも、年頃になると、高貴な家系が故に、この王国の王妃として迎えられました。しかし、宮殿での生活を始めると、王妃はだんだんと、自分の欠陥に気づいていきました。周りの人々の言葉を聞いたり動作を見て、何が起こっているのかは分かります。ただ、その時の人々がどういう感情を持っているのかが分からないのです。そのため、他の人々には簡単に分かるような「場の状況」が見えないのです。それで、自分だけが仲間はずれにされているような気がしました。

その後、どうやってその欠陥を補う事が出来るか必死に考え始めたのです。その中でも、一番気になったのは、この能力の習得に、期限があるかどうかと言うことです。つまり、子供の時に身につける事が出来なくても、大人になってから学ぶことが出来るかという事でした。そして、出来るならば、王妃自身、今からでも習得したいという気持ちで一杯でした。

その頃から、王妃は、そのために必要な物、人、機会、何でも手に入れようとしてきました。自分と同じ様な境遇に育った人間がいるか、それを克服した人間がいるか等、いろいろと調べてみました。あいにく、昔の時代、役に立ちそうな情報を得ることは出来ずに、一人で悩んでいました。

丁度そんな時、野生児が発見された事を耳に入れました。その野生児は言葉が喋れないという事だが、もしかすると、同様に、他人の表情を読む能力も欠けているのではないか? それにしても、言葉を話せないとすると、この野生児の頭の中は一向に分かるまい。まずは、言葉を覚えさせよう。しかし、言葉の習得にも期限はあるのだろうか? いずれにしても、王妃には、この野生児が、大変貴重な材料に思えたのでした。

それから、王妃にはもう一つ気なっていることがありました。それは、セマが、自害する前に言った『この苦しみは、輪廻として永遠に続くだろう』という言葉です。ところで、輪廻の概念は、その王国はじめ周辺の地域で、もう長いこと、いろいろな形で語り伝えられていた事です。

王妃は考えました。自分の今までの人生はどうだったのだろうか? 他人の知らない自分の苦痛は、輪廻として永遠に続くのだろうか? そもそも、輪廻とは何なのか? 自分の人生が終わった時に、何か他の形で生まれ変わるという事なのか? 或いは、苦しみ等の苦悩が、次の世代で新たな苦しみを生み出すという事なのだろうか? そもそも、時間なんて単純な一直線ではなくて、時間自体が巡り巡っているようなものだったらどうなのだろう?

そして、もし、永遠に続く輪廻というものが苦悩で、それを断ち切る唯一の方法が、苦悩を克服する事だとすると、何をしなければならないのか? やはり、なにか良いことをしないとならないだろう。自分の命を全うする前に、何か一つでも良いことをしなくてはならない。

ただ、実際に、何をすべきなのか、王妃には検討がつかないことでした。ひょっとすると、そういった事は、切羽詰まった状況にならないと分からない事なのかも知れません。
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