第一部 山猫:(2)芸人一座

文字数 2,342文字

モルが興奮して芸人一座と出発する時、モルの許嫁のセマは苛立ちを隠せなかっただが。セマは、山猫が居なければこんな事にならずに済んだのにと、今までにも増して山猫を嫌った。そんな事とは知らず、モルは明るい顔でセマに別れを告げ、意気揚々と、一座の後をついていった。後ろの荷車には山猫を入れたオリが乗せてあった。チナは全く事情が分からなかったが、モルが荷車の後ろについて来たためか、慌てるという風ではなかった。

その後、一座は、様々な土地を尋ね、芸を見せ、それぞれの土地の産物を入手するという日々を繰り返した。モルの役割は、一重に山猫の世話であった。毎日食事を与え、水浴させた。依然として会話はないが、お互い、相手がどういう行動を取るかは分かってきた。特にチナは、モルがチナに害を与えないという事だけは理解しているようだった。

今回の旅では、一座の見せ場は何と言っても山猫踊りであった。行く土地行く土地で、土地の者は猫も杓子もと見物に来た。山猫はどんなに多くの現物人が居ても一向にお構いなく、必ず日暮れ時に踊りを見せた。おかげで、一座の稼ぎも増えた。

ある日、一座のかしらがモルに聞いた。
「おい、モル。お前、鶏が先か、卵が先か知ってるか?」
「それは......」
「簡単な話だ。俺達にとっては、卵だな。俺達、今まで、卵ばかり食べていただろう。だが、山猫踊りのおかげで、稼ぎはたんまり膨らんだ。今日から毎日、山猫に鶏肉を食べさせてやれ」

それからと言うもの、チナは毎日好物を与えてくれるモルに、確実になついていった。モルはと言えば、チナが、たとえ野生児で言葉が喋れないとは言え、どこかに人間らしさが残っているはずだと確信していた。

そして、これまで山猫はオリの中で踊りを見せていたのだが、新しい試みをしてみようと言うことになった。山猫の腰に紐を付けてオリから出し、広場で踊らせる事にした。この方が、見物人からよく見えて、収入も増えるだろういう意見だった。そして、ある日、山猫の腰紐がほどけた時があった。皆、山猫が逃げるのではないかと慌てたのだが、山猫は逃げる様子も見せずに踊り続け、終わった時は大人しくモルの所へ戻ってきた。一座の人々は山猫がモルのことを相当に慕っていると悟った。
「へ〜、モルは凄いなぁ。もう山猫を完全に手懐けている」

ある町で山猫踊りを披露していた時の事だった。身なりの良い旅人が芸人の一人に言った事がある。その踊りがある王国の宮廷で披露された踊りを思い出させると。芸が終わって、一座の連中が酒を飲んでいる時にその話が出たのだが、一同大笑いだった。
「そりゃー、面白い。いっそのこと、山猫に立派な衣装でも着させて見るか? ひょっとしたら、もっと稼げるかもしれないぜ。猫にも衣装というじゃないか」

「バカ! それは、猫じゃないだろ。兎に角、今のままで、結構毛だらけ猫灰だらけだ。山猫は素っ裸だから良いんだ。世の中、普通のものじゃ面白くないだろ? 山猫踊りは、えらい変わっている。それに、裸だからこそ、見る者にとって、いろいろな事が想像できる。見物人が勝手に、好みの服を想像したって良いんだぜ」
モルは、一座の連中がチナを商品として捉えている様子に不服を覚えた。ただ、チナの世話の為にだけついてきた最年少の一員としては、大きな口を叩くだけの勇気はなかった。

一座の旅は長いこと続いた。途中、言葉の通じない地域もあった。そして、次の土地に行く途中、相当に険しい峠を超えなければならなかった。一座の一人が口を開いた。
「しかし、荷車の車輪というのは良く出来てるよなぁ。ぐるぐると永遠に周っている。俺も、足の代りに車輪が付いていたらよかったのに」
「何を間抜けな事を言ってる! 荷車は平らな所しか進めないだろう。俺達の足は、段があろうが、穴があろうが、それに合わせた動きが出来る」
「そうかも知れないが......、流石に、この崖は無理だろう」

山肌を削って作った道は、荷車がやっと通れる程の幅しかない。そして、山側は、ヤギでも登る事は出来ないような断崖絶壁だ。谷側は、大小の岩が出ているような急斜面が谷底のせせらぎまで長いこと続いている。一座は荷車を守るべく最大限の注意を払った。

その時急に、道の前と後ろから刀を持った男たちが現れた。ひと目に盗賊と分かった。盗賊は刀を振り回して、一座の人々を斬りつけ、荷車を奪おうとした。後ろの荷車には山猫を入れたオリが乗せてある。モルは恐怖感に駆られた。このままにしておいたらチナが殺されるか連れて行かれると思った。そして、もし連れて行かれたら、とても人間として扱ってはもらえないと確信した。それで、慌ててチナのオリの所まで行き、扉の止め金をはずした。チナは自分も危ないという事は察知しているようだった。オリから出ると、驚くべき速さで一目散に逃げ去った。

そして、モルはと言えば、すぐに盗賊に刀を突きつけられて、崖っぷちまで押しやられていった。これまでの命だと観念したその時、物凄い力で後ろに押され、岩だらけの急斜面を谷底に向かって真っ逆さまに落ちて行った。落ちる瞬間目に映ったのは、チナだった。チナがモルを押したのだった。そして、モルの後を追うように、チナ自らも谷底に飛び込んだ。

盗賊たちは呆気にとられた。どうして、オリから逃がせてもらった素っ裸の少女が、少年を谷底に突き落とし、自分も飛び込んだのか理解できなかった。明らかに他殺・自殺行為と思われた。強いて言えば、無理心中とも。
「なんてこった。俺達に殺されるのがそんなに嫌な事か? ここから谷底に落ちたら、ヤギでも助からないと言われているだろう?」
「な〜に。あの女は素っ裸でオリに入っていただろう。頭がいかれてるに決まっている」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み