第54話 天空の唄笛
文字数 2,701文字
樹海平原における使徒による戦いは蟻群の勢いが増してきていた。
森の王、ヒグマの軍団、狂戦士スグリの軍団、全て獣群の力を持ってしても平原の中には鏡の小山が数多く出来ている。
蟻群の杭を打ち込まれた獣たちの果ての姿だった。
圧倒的な数の前に神の使徒たちは苦戦をしいられている。
シャワルツとモアは神々の戦いを高い木の上からの観戦を続けていた、逃げようにも人が降り立つ場所はない。
「獣群の分が悪くなってきたぞ」
「蟻群の数が多すぎます、獣群を囲むように渦を巻いているようです」
「蟻群の動きは誰かに制御されているのか、なぜこんな戦略的な動きができるんだ」
「獣群たちはそれぞれの種族の長と思われる個体が見えますが、蟻はどうなのでしょう、数億、数百億の意志を統一する術が神や悪魔には存在するのでしょうか・・・興味深いですねぇ」
命のバランスを保つための戦争、神々の戦いを二人は見入る、人の戦争とは違う。
千年に一度の魔笹の開花、そして結実、それを原因とする吸血蟻の異常発生、異世界人の転移現象、獣群、全て自然というサガル神山に住まう神の謀。
「当然だったのです、我々がここにいることも、アラタさんたちが天空神殿に向かったことも」
シュワルツが天空を仰いで指さした。
種族の王たちが何かを感じ取りサガル神山の天空に向かい鼻をあげる。
ウワァオオオオオオオッ
数十万の神の使徒の声が何かに応えた。
その声は天空より唄笛となって平原に響き渡る。
蟻たちも触角を激しく動かす、怯えている。
ザアアアアッ ケツァルに付き従う空の種族、鷲、鷹、隼、梟、燕、鴨、あらゆる鳥類が集い、空に形を成していく。
巨大なドラゴンが羽ばたいた。
ゴオオオオオッ
鳥群はケツァルを先頭に一塊となり、自分の位置が決まっているように翼となり、冠となり、爪となり飛ぶ。
巨大なドラゴンの影が蟻群の上に影を落とす、蟻群に恐慌が巻き起こる。
地を這う蟻の天敵は猛禽、赤外線さえ視覚する鳥類の五色覚から隠れることは出来ない。
遥かなる古代からすり込まれた恐怖、ドラゴンは天空の支配者、遺伝子に書き込まれた記憶が蟻群の怯えを煽り誘導する。
ドラゴンの影が蟻群の上を通過する度に、逃げ惑う蟻の道が割れる、苦戦していた獣群たちが盛り返す、徐々に蟻群を平原から追いやる。
ドラゴンを形作る鳥たちの先頭にケツァルとなったムトゥスが飛ぶ、その小さな身体からは想像できない大音量で唄笛を奏でる。
人には聞くことの出来ない高周波を蟻群に浴びせる、箒で掃くように蟻群が逃げ惑う。
「声が聞こえる!?鳥群のドラゴンが唄っているのか?」
僅かだがモアには聞こえている。
「その唄笛で蟻群を誘導しているのでしょうか、きっと先頭にいる小さな青い鳥、あれはムトゥスです」
「馬鹿な、ムトゥス様は人だ、鳥では・・・まさか」
「神の子です、我々の理の外ですから、なにがあってもおかしくはありません、ああ、アラタさんにもう一度会わなければなりません、真相を確かめなければ!」
「これはまるでハーメルンの笛吹きですね」
「なんだそれは?」
「私の国にあったおとぎ話です、ネズミの大発生を笛吹き男が救う話です」
鳥群ドラゴンの出現によって状況は一変する、鳥獣群は網を絞るように蟻群を追い込んでいる。
「ムトゥスが全軍を指揮しているのですか」
「唄っている、全てはこのためなのか」
「なんという光景、我々の役目はこれだったのですね」
「それはなんだ、シュワルツさん」
「この光景、神々の戦いを後世に語り継ぐ事です、魔族と言えど人、人同志で争うなど無益どころか神に対する冒涜、我々はこの戦いに参加出来ないでいる」
「人族と魔族は昔から、この土地を巡り争ってきた、このサガル神山と表と裏を、どうすれば良かったというのだ」
どうしようもない罪の重さを感じてモアは涙を流した。
「あの蟻群が人なのかも知れません、我々個人の力は小さなものです、でも集まれば脅威となる、道を誤らないために伝えるのです、この光景を」
「我々は全ての命に対してもっと敬意を払うべきなのでしょう」
「ああ、シュワルツさん解るよ、神は人だけを愛してくれているわけじゃない」
ゴオオオオオッ ドラゴンが舞う。
重なり転がり蟻群は終着点に向かう、ケツァルが奏でる天空の唄笛が死地へと誘う。
海に面する平原の突端、水深の深い海に連なる切り立った崖は長く続いている。
海面を黒く染めて巨大な海の王たちが集っている。
マッコウクジラ、シャチ、サメ、海の猛禽たちが号令を待っている。
追い詰められた蟻群は崖から海へ零れ落ちていく、鏡が煌めき落ちていく様はナイアガラの滝のようだ。
数キロに渡る崖に神の使徒が包囲網を狭めて冥界の使徒を追い詰める。
大空を舞う鳥群のドラゴンが魔城まで影を伸ばし海へ誘う。
落下の水飛沫が号令となり海の牙が蟻群に襲い掛かる。
蟻群の落ちた海が騒めき波立つ、海の牙が嚙み砕き引き裂く、捕食のためではなく命を奪う。
蟻群は海では無力だ、水面に漂う蜉蝣のように浮いていることしか出来ない。
人族を、異世界人の勇者も圧倒した蟻群が滅せられていく。
ケツァルの唄は日暮れまで続いた、ドラゴンの影が海に沈んでいく夕日に霞む、始まりよりも密度が薄い。
平原に、街に、ドラゴンの形を成していた鳥たちがその役目を終えて地に落ちている。
高速の集団で形を成したまま長時間飛行することは空の使徒にとっても命をかけた戦いだったのだ。
夕闇に包まれた樹海平原の高木の枝の上で、赤々と燃える旧魔族領の街をシュワルツとモアは見ていた。
神々の戦いは終結した、風が血の匂いと獣臭、焼けた街の煙を運んでくる。
ドラゴンの影がシュワルツたちの上を戦争の終わりを告げるように旋回する。
クワァオッ クオォォォォォッ 人にも聞こえる音域で唄っている、そこに二人がいることを知っているように。
「ムトゥスさん、ありがとう」
シュワルツが大きく手を振ったのを見届けて、ドラゴンはその姿を解いた、数十万の鳥たちは樹海にそれぞれの場所に帰っていった。
ウォオオオオオオッ 獣群たちが勝鬨を上げた、しかしそれは歓喜には程遠い悲しげな声に聞こえた。
獣群はその数を半分以下にまで減らしていた、生き残っている者たちも傷ついている。
二人は高木から降りて獣の王たちに向かい敬礼で感謝の意を伝える。
「次の大戦では人族も共に戦うと誓う!」
「助けてくれてありがとう!」
二人の脇を樹海に向かい獣群の戦士たちが帰還していく、二人は涙を流しながら敬礼を続けていた。
森の王、ヒグマの軍団、狂戦士スグリの軍団、全て獣群の力を持ってしても平原の中には鏡の小山が数多く出来ている。
蟻群の杭を打ち込まれた獣たちの果ての姿だった。
圧倒的な数の前に神の使徒たちは苦戦をしいられている。
シャワルツとモアは神々の戦いを高い木の上からの観戦を続けていた、逃げようにも人が降り立つ場所はない。
「獣群の分が悪くなってきたぞ」
「蟻群の数が多すぎます、獣群を囲むように渦を巻いているようです」
「蟻群の動きは誰かに制御されているのか、なぜこんな戦略的な動きができるんだ」
「獣群たちはそれぞれの種族の長と思われる個体が見えますが、蟻はどうなのでしょう、数億、数百億の意志を統一する術が神や悪魔には存在するのでしょうか・・・興味深いですねぇ」
命のバランスを保つための戦争、神々の戦いを二人は見入る、人の戦争とは違う。
千年に一度の魔笹の開花、そして結実、それを原因とする吸血蟻の異常発生、異世界人の転移現象、獣群、全て自然というサガル神山に住まう神の謀。
「当然だったのです、我々がここにいることも、アラタさんたちが天空神殿に向かったことも」
シュワルツが天空を仰いで指さした。
種族の王たちが何かを感じ取りサガル神山の天空に向かい鼻をあげる。
ウワァオオオオオオオッ
数十万の神の使徒の声が何かに応えた。
その声は天空より唄笛となって平原に響き渡る。
蟻たちも触角を激しく動かす、怯えている。
ザアアアアッ ケツァルに付き従う空の種族、鷲、鷹、隼、梟、燕、鴨、あらゆる鳥類が集い、空に形を成していく。
巨大なドラゴンが羽ばたいた。
ゴオオオオオッ
鳥群はケツァルを先頭に一塊となり、自分の位置が決まっているように翼となり、冠となり、爪となり飛ぶ。
巨大なドラゴンの影が蟻群の上に影を落とす、蟻群に恐慌が巻き起こる。
地を這う蟻の天敵は猛禽、赤外線さえ視覚する鳥類の五色覚から隠れることは出来ない。
遥かなる古代からすり込まれた恐怖、ドラゴンは天空の支配者、遺伝子に書き込まれた記憶が蟻群の怯えを煽り誘導する。
ドラゴンの影が蟻群の上を通過する度に、逃げ惑う蟻の道が割れる、苦戦していた獣群たちが盛り返す、徐々に蟻群を平原から追いやる。
ドラゴンを形作る鳥たちの先頭にケツァルとなったムトゥスが飛ぶ、その小さな身体からは想像できない大音量で唄笛を奏でる。
人には聞くことの出来ない高周波を蟻群に浴びせる、箒で掃くように蟻群が逃げ惑う。
「声が聞こえる!?鳥群のドラゴンが唄っているのか?」
僅かだがモアには聞こえている。
「その唄笛で蟻群を誘導しているのでしょうか、きっと先頭にいる小さな青い鳥、あれはムトゥスです」
「馬鹿な、ムトゥス様は人だ、鳥では・・・まさか」
「神の子です、我々の理の外ですから、なにがあってもおかしくはありません、ああ、アラタさんにもう一度会わなければなりません、真相を確かめなければ!」
「これはまるでハーメルンの笛吹きですね」
「なんだそれは?」
「私の国にあったおとぎ話です、ネズミの大発生を笛吹き男が救う話です」
鳥群ドラゴンの出現によって状況は一変する、鳥獣群は網を絞るように蟻群を追い込んでいる。
「ムトゥスが全軍を指揮しているのですか」
「唄っている、全てはこのためなのか」
「なんという光景、我々の役目はこれだったのですね」
「それはなんだ、シュワルツさん」
「この光景、神々の戦いを後世に語り継ぐ事です、魔族と言えど人、人同志で争うなど無益どころか神に対する冒涜、我々はこの戦いに参加出来ないでいる」
「人族と魔族は昔から、この土地を巡り争ってきた、このサガル神山と表と裏を、どうすれば良かったというのだ」
どうしようもない罪の重さを感じてモアは涙を流した。
「あの蟻群が人なのかも知れません、我々個人の力は小さなものです、でも集まれば脅威となる、道を誤らないために伝えるのです、この光景を」
「我々は全ての命に対してもっと敬意を払うべきなのでしょう」
「ああ、シュワルツさん解るよ、神は人だけを愛してくれているわけじゃない」
ゴオオオオオッ ドラゴンが舞う。
重なり転がり蟻群は終着点に向かう、ケツァルが奏でる天空の唄笛が死地へと誘う。
海に面する平原の突端、水深の深い海に連なる切り立った崖は長く続いている。
海面を黒く染めて巨大な海の王たちが集っている。
マッコウクジラ、シャチ、サメ、海の猛禽たちが号令を待っている。
追い詰められた蟻群は崖から海へ零れ落ちていく、鏡が煌めき落ちていく様はナイアガラの滝のようだ。
数キロに渡る崖に神の使徒が包囲網を狭めて冥界の使徒を追い詰める。
大空を舞う鳥群のドラゴンが魔城まで影を伸ばし海へ誘う。
落下の水飛沫が号令となり海の牙が蟻群に襲い掛かる。
蟻群の落ちた海が騒めき波立つ、海の牙が嚙み砕き引き裂く、捕食のためではなく命を奪う。
蟻群は海では無力だ、水面に漂う蜉蝣のように浮いていることしか出来ない。
人族を、異世界人の勇者も圧倒した蟻群が滅せられていく。
ケツァルの唄は日暮れまで続いた、ドラゴンの影が海に沈んでいく夕日に霞む、始まりよりも密度が薄い。
平原に、街に、ドラゴンの形を成していた鳥たちがその役目を終えて地に落ちている。
高速の集団で形を成したまま長時間飛行することは空の使徒にとっても命をかけた戦いだったのだ。
夕闇に包まれた樹海平原の高木の枝の上で、赤々と燃える旧魔族領の街をシュワルツとモアは見ていた。
神々の戦いは終結した、風が血の匂いと獣臭、焼けた街の煙を運んでくる。
ドラゴンの影がシュワルツたちの上を戦争の終わりを告げるように旋回する。
クワァオッ クオォォォォォッ 人にも聞こえる音域で唄っている、そこに二人がいることを知っているように。
「ムトゥスさん、ありがとう」
シュワルツが大きく手を振ったのを見届けて、ドラゴンはその姿を解いた、数十万の鳥たちは樹海にそれぞれの場所に帰っていった。
ウォオオオオオオッ 獣群たちが勝鬨を上げた、しかしそれは歓喜には程遠い悲しげな声に聞こえた。
獣群はその数を半分以下にまで減らしていた、生き残っている者たちも傷ついている。
二人は高木から降りて獣の王たちに向かい敬礼で感謝の意を伝える。
「次の大戦では人族も共に戦うと誓う!」
「助けてくれてありがとう!」
二人の脇を樹海に向かい獣群の戦士たちが帰還していく、二人は涙を流しながら敬礼を続けていた。